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二周目:秋。さあ、恋をはじめましょう。
文化祭が終わってからというもの。
あの占いが原因なのか、それとも近藤くんがインハイで優勝してしまったせいなのか、妙に近藤くんとふたりで会う時間が減ってしまった。
「ごめんな、今日も稽古が終わらなくって」
「ううん。仕方ないよ、次の大会あるんでしょう?」
次は地区の新人大会に出場するから、近藤くんだけでなく、剣道部の一年は剣道場に最終下校時刻ギリギリまで稽古を重ねている。
竹刀の激しい音を聞いていたら、「寂しいから部活なんて放っておいて」なんて可愛げないことを言える訳がない。
私がやんわりと頷くと、近藤くんは心底眉を寄せながら、頭を下げてきた。
「本当にごめん……佐久馬、またおかしなことがあったら、俺の都合なんか無視して、ちゃんと言えよ?」
「うん、ありがとう。ちゃんと頼るから」
「本当だからな? 佐久馬は、勝手に自己中毒起こすんだから、絶対に相談しろよ?」
「わかってるってば。近藤くんも、稽古のほうに集中してね? 五体満足じゃないと、次の大会に出られないでしょう?」
「おう……また、スポドリの差し入れ、してくれると嬉しいんだけど」
そのひと言に、少しだけ顔が赤くなる。
また試合を見に行ってもいいって言われたことが嬉しくて、私は近藤くんが剣道場に戻るまで、何度も首を縦に振っていた。
「わかった、また持っていく! 練習、頑張ってね!」
「おう」
手を挙げて戻っていく近藤くんを、私はほんわかとしながら見送った。
やっぱり、近藤くんが好きだなあ……。
そうしみじみ思いながら、私はひとりで家路を急ぐことにした。晩秋になったら、園芸場は休息日になる。鬼瓦先生曰く、春まで園芸場は水やりしたり雑草抜きしたりしないらしい。そうすることで、多年草の根っこを休ませるらしい。
文化祭が終わったら、私はほとんど部活に来なかった先輩たちから、部長の座を譲ってもらった。唯一のアクティブ部員として、ほとんど幽霊部員しかいない園芸部をどうにかして盛り立てないといけないらしいけれど、晩秋からはやることがほぼない。
どうしたもんかなあと思いながら、校門を通ろうとしたとき。
「あ、一年女子。部長になったんだって?」
いきなり声をかけられて、私はぎょっとして振り返ると、冬服にカーディガンを羽織って、挑発的な目でこちらを見てくる先輩の姿があった……瀬利先輩だ。
もう三年生は引退して引継ぎを済ませてしまったはずだし、部長になったら部長会議に出席しないといけなくなるけど、天文部の部長は今回は部員が思いのほか辞めなかった関係で篠山くんではなかったはずだ。
……なんで私が園芸部の部長になったって知っているんだろう。そもそも、なんで私が一年生だってすぐわかるのかな。瀬利先輩は私のこと、全然知らないはずなのに。
「あの、失礼ですがどちらでしょうか?」
とっさに当たり障りのない質問を投げかけてみると、瀬利先輩はケラケラと笑う。屈託なく笑う様は、こちらを試しているようにも思えない。
「ああ、そっか。知んないんだっけ? あたしは瀬利かごめ。文系の三年。この間まで天文部の部長やってたんだけど、引退したんだわ」
「はあ……」
ここまでは私の記憶通りだけど。だから、どうして私のことを知っているの。油断なく瀬利先輩を観察していたら、彼女はしみじみとした口調で言葉を続けた。
「ちょっと顔を貸して欲しくってさあ……いい?」
「いいもなにも……」
今日はちょうどお母さんが休みの日だから、私の食事当番ではないけれど。私は知っているけど瀬利先輩は私のことを知らないはずなのに、なんで瀬利先輩が私に声をかけてきて、あまつさえデートしないといけなくなっているんだろう。
私が困り果てた顔をしているのに気付いたのか、瀬利先輩は人好きのする顔をして笑いかけてきた。
「まあ、赤の他人同士だけど、共通項はあるしさ。近所のファミレスのドリンクバーでも借りてさあ」
「はあ……それなら」
「おっし、決まり決まり。行こう行こう」
そのまま背中を押されてしまった。
ちょっと待って。これ本当にどういう状況なの。私は現状をちっとも飲み込めないまま、瀬利先輩にファミレスまで連れさらわれることとなったのだ。
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