二周目:春。やり直しを決めました。

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 入学式をねぼけまなこでやり過ごし、教室では時間割とこれからの予定表をもらい、そのまま下校となった。  彼氏とデートする恵美ちゃんと別れた私は、ひとりで本屋に寄って四月はじまりのスケジュール帳を買ってから、家路に着くことにした。  とりあえず、覚えていることを書き出しておこう。  私はガリガリと書き出した。 一年生 五月:天文部に入部。篠山くんと出会う 六月:合宿の買い出しに篠山くんと一緒に行く。好きになる  ……書き出してわかったけれど、私、いくらなんでもチョロ過ぎないかな。  前の自分に頭を痛くしながら、私は書き出していった。  うちの学校は絶対にどこかの部に所属しないといけないけれど、恵美ちゃんは他校に通っている彼氏と遊びに行きたいから、私はうちが共働きなために家事をしないといけないから、あんまり部活の制約が厳しい部には入れなかった。  結局あれこれ選んで、幽霊部員でも問題なさそうだった天文部に入って、そこで理系クラスで接点ゼロだった篠山くんと出会ったんだ。  ……それから友達の噂で聞いたけれど、彼が何故か入学してわずかひと月でモテまくっているという事実を知り、好きになったときには「こんな人好きになってもしょうがない」と早々に諦めたんだったな。  彼女になるのは早々に諦めたけど、せめて仲のいい部活仲間というポジションが欲しくって、家事の融通の利く範囲で部活に参加するようになったら。 七月:合宿。野外炊飯がおいしかった。  私が家の事情で家事をしないといけないのと同じく、篠山くんも家の都合で家事をしないといけないことを知って、似たもん同士だとずいぶんと気が合ったような気がする。  篠山くんはお父様が亡くなっているから、お母様が大黒柱。お姉様たちも大学や仕事で帰りが遅いから、どうしても家事の分担は篠山くんが負担していると。  意外と手際のいい野外炊飯での作業に互いを褒め合っていて発覚し、一気に打ち解けたんだった。  ……そんなこと言うのは、あまりにもおこがましいかもしれないけど、同じ部活仲間としては、上手くやれていたはずなんだ。  でもさ……。 九月:篠山くんと瀬利先輩が付き合っているという噂が流れる  いつもは篠山くんが誰かと付き合うって噂が流れても、本人に聞いてみたらいつも「デマだよ」と笑っていた。モテるのって大変なんだなと思って、せめて友達ポジションとして「頑張ってね」と笑っていられたらよかったのに。  瀬利先輩のときだけは、「はい」とも「いいえ」とも言わなかった。  あのとき、さんざん泣いたなあ……。  それで恵美ちゃんにずいぶんと叱られたと思う。「せめて玉砕すればいいでしょ!?」と言われたけど、篠山くんに告白なんてしたくなかった。  せっかく一生懸命、部活仲間ってポジションを築いたのに、それを崩すような度胸は、私にはなかった。もし告白してしまったら、部活仲間から「篠山くんのことが好きな女子」に区分が変わってしまう。その区分は彼女に昇格することはできても、部活仲間に戻れる保証なんてどこにもないんだ。その区分に自分から入る勇気なんて、これっぽっちもなかった。  よくも悪くも、クラスが違うし、部活以外に接点なんてない。部活に足が向かなくなったら、接点なんてふっつりと途切れてしまった。  結局は私たちの関係なんて、天文部だけが繋げてたんだなあ……。寂しいけど仕方がないと思っていたら、瀬利先輩のほうがひょっこりと顔を出してきたんだ。 「もうすぐさあ、文化祭だから。準備しないと駄目なんだけど、あたしも小論文書かないと駄目でなかなか準備手伝えないんだわ。篠山ひとりだと可哀想だから手伝ってくんない?」  そう言われて、私はなんと返事したんだったかな。  その年の天文部は、幽霊部員がやたらめったら多かった。過半数が女子で、多分篠山くん目当てで入ったんだと思うけど、彼が瀬利先輩と付き合っているという噂が流れてから、ただでさえ幽霊部員だったのに、とうとう退部届けまで出されてしまった。彼だって家のことしないと駄目なのに、ひとりで部活のこと押しつけられたら可哀想だ。  ……なんて言っても、私だって人のことは全く言えない。勝手に部活に入って、勝手に足が向かなくなったのは、私だって同じなんだから。  仕方なく、私は文化祭の準備のために部活に通うようになった……それでも、私はひとりで行く度胸がなく、彼氏と順風満帆な恵美ちゃんに手を合わせて一緒に行ってもらったんだったな。 十月:文化祭。瀬利先輩は引退  天文部の文化祭なんていい加減なもんで、毎年室内プラネタリウムを繋げて、暗室にした教室いっぱいで定期的にプラネタリウムの鑑賞をするというものだった。それでもヒーリングミュージックを流して、星の説明をマイクで読み上げればそれっぽくなるから、毎年絵本の朗読と暗幕張って暗室つくるのだけは頑張っていた。  私もたくさん暗幕を張って、どうにかを暗室つくっていた。  たしかにひとりで暗幕なんて張るのはしんどいし、プラネタリウムの説明考えるのは大変だったなと反省する。 『銀河鉄道の夜』に出てきた星が見えるように調整し、当日に絵本の『銀河鉄道の夜』の朗読をすることで、それっぽい展示にした。  他の部活やクラスみたいにもっと遊べる奴のほうがよかったかもしれないけど、カップルからしてみればふたりっきりでデートできるというのは概ね好評で、そこそこ人が来てくれた。  打ち上げのとき、皆で天文室でポテトチップスを広げて、ペットボトルのジュースを傾けているのは楽しかった。  瀬利先輩が引退して、そのまま部長を一番出席率のよかった篠山くんが引き継ぐことになったのには思わず笑った。少し前までギクシャクしていたのが嘘のように、和やかだったと思う。  でも……そのときの私は、最後まで、篠山くんと瀬利先輩が付き合っているのか付き合ってないのかわからないままだった。  私は手帳をガリガリと書き留めながら、少しだけこめかみに手を当てた。  これだけ鮮明に覚えているってことは……やっぱり一年前だったはずのことは、本当にあったことだったんだよね?  思わず頬をふにっとつねってみる。痛い。これは、夢じゃない。  ここまで書いてみて思ったけれど、私はなにをどう間違えたのか、二周目をやり直させてもらえることになった。でも私はなにをしたいんだろう……。  もう一度天文部に入る? 瀬利先輩がいる、部活。  ……どうしても思い浮かんでしまう篠山くんと瀬利先輩のキスシーンに、何度目かの苦酸っぱい思いを味わい、どうにか洗面所で口をゆすいでから、それを正した。  ……無理だ。思い出すたびに吐き気を催すようだったら生活できない。これ完全にトラウマになっているじゃない。だとしたら、篠山くんと瀬利先輩とはできる限り距離を取るしかない。  幸いなことに、篠山くんとは部活以外では接点がないし、瀬利先輩はふたつ年上だからもっと接点がない。  私は覚えていることをひと通り書き出してから、どうやった接点を潰せるのかをあらかじめ考えはじめた。
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