二周目:春。やり直しを決めました。

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 恵美ちゃんと別れて入部届けを出しに出かけたら、もう吹奏楽部の練習が聞こえてくるし、合唱部の発声練習がそこかしこから耳に飛び込んでくる。  私は部活紹介の紙を何度も見ながら、どうにか辿り着いた旧校舎。どうも部室や移動教室の類は全部旧校舎のほうでやっているらしい。私たちが普段教室として使っているのは新校舎のほうだ。  紙と表札を見ながらどうにか辿り着いたのは、科学室。  園芸部の部室に使っているのは、何故か科学室だった。あちこちに科学の授業で教科書に書いてた薬品が並んでいるのをぼんやりと眺めていたら、顧問の先生がのったりと現れた。化学教師らしい先生は、白衣を着ていて髪も白髪混じりの、わかりやすい科学の先生だった。 「はあ……うちの部に入部希望ねえ……」 「はい、お願いします!」  私が頭を下げると、先生はなんとも言えない顔でこちらを見下ろしてきた。この先生はやる気があるのかないのかわからないなと、失礼なことを思う。 「そりゃ構いませんけど、うちの部ほとんど部員が来ないんですよねえ」 「はあ……」 「あんまり部員来ないと鬼瓦(おにがわら)先生怒るんですけど」 「んんんん……?」  おにがわら先生って誰だろう。私は先生がぶつくさ言うのに、しきりに首を傾げていたら、ようやく落ちくぼんだ目をこちらに向けてくれた。 「まあ、入部届けはもう書けているんですよね? ならそれはいただきます。うちはここを拠点とするよりも、裏にある園芸場がメインですから、部活動の日は園芸場のほうに顔を出してくださいね。あ、結構汚れますんで、ジャージで来ることをお勧めします」  なんでジャージなんだろうと思ったけれど、園芸場に行くんだったら土仕事するんだから汚れてもいい格好のほうがいいのかと思い至った。  本当だったらあんまり汚れたくはないんだけれど、園芸部なんだから、仕方ない仕方ない。私はできる限り真面目そうな声色をつくって返事をした。 「あ、はい。わかりました。あの、よろしくお願いします。あ……先生」 「なんですか?」  私は窓のほうを見た。先生が言っていた園芸場には、たしかに畑があって、意外と野菜らしきものや果物らしきもの、花まで植わっているみたいだったけれど。  誰もいないように見える。園芸部員もいないみたいだし、誰が世話してるんだろう。 「うちの部長って、いるんですか?」 「んー……今誰でしたっけねえ……うち、文化祭以外は本当に活動してませんので」  なんだそりゃ。天文部も本当にやる気のない部だったけれど、まさか顧問がここまで園芸部がやる気のない部とは思わなかった。  でも、一応は先生にも入部届けを渡せたことだし、入部完了だよね。その日は私は先生に頭を下げて帰ることにした。  途中、科学室の隣の天文室を通り過ぎるときは、どうしても足早になったけれど。途中で入部届けを出しに来たらしい女の子たちがしゃべっているのが耳に入った。 「男子も天文部に入るんだねえ」 「あの美人部長に絡まれてた人? そりゃ幽霊部員になるんだったら、ここが一番楽なんじゃないの?」 「うん、そうかもしれないけどさ。ただちょっと格好よくなかった? ほら、ものすっごくスマートに荷物を持ってくれるところとかさあ」 「そーう? 単に気がいいんだと思ったけど」  その言葉に、ズキンと胸が痛むのを感じたけれど、 誰のことかすぐにわかったけれど、全部なかったことにして、私は足早にその場を後にした。 。  篠山くんは、顔がいい訳ではないんだ。ただ、本当に優しいんだ。だから優しくされた女子は皆好きになってしまうし、自惚れてしまう。それが、身を滅ぼす。だって、彼が優しいのは女子に対してだから。そこに好き嫌いの区別なんてない。  ……そこまで考えて、私はぶんぶんと頭の邪念を吹き飛ばすように首を振った。  二周目のふたりは、私のことを知らないし、前の周で私となにがあったのかも知らないんだから、見て見ぬふりをしないと。  ここから先は、私の記憶にはない世界だ。そこにいくんだから、全部なかったことにしないと。  せっかく神様がくれたやり直すチャンスなんだ。もう傷付かないように、生きていたいから。
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