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 乙女心をくすぐる情熱的な告白を聞いても、トトはどんな顔をしていいか分からない。  またからかわれているのだろうか。うっかりその気になれば、影で笑われるのではないか。 「ブスがいい気になってる」と――。  嬉しい。怖い。相反する気持ちに、ぎゅうぎゅう自我を挟まれる。苦しくて、トトは叫んだ。 「やめて! そっ、そういうのは……! そういうことは、言わないでください!」 「言うのがNGなら、行動で示すことにしようか!」  あっさり言うと、グノーシスはトトを抱き上げ、長椅子に運んだ。前回二人でお茶を飲み、歓談した、あの椅子である。 「ぎゃっ!? ちょ、ちょっと、離してくださいっ!?」 「大丈夫、落したりしないからね。こう見えて、僕は鍛えているんだよ!」  そんなの、引き締まった体を見れば分かる。  ――私はあなたが思っているよりずっと、あなたのことを知っているんだから……!  口説かれ、まとわりつかれ。怒ったふりをして遠ざかっては、でもいつも振り返っていた。  華麗で堂々としたあなたを眺めては、胸をときめかせていたのだ。  ――見ているだけで、満足だったのに。  だけどとうとう、私は捕まってしまった。  長椅子の上に横たえたトトに、グノーシスは馬乗りになる。 「やーっ! やだ! いやです! こんな急に……!」  形良い大きな影が体にかかる。整った顔が間近に迫ってきて、トトは慌てふためいた。 「急ではないだろう。僕はずっと君に、交際を申し込んでいたじゃないか」 「それは、でも……! だって、お断りしていたのに!」  グノーシスはトトの手を取り、指先に口づけた。 「今の僕にはもう選択肢がない。――君だけだ。それは君が一番分かっているだろう?」  そうだ。トトはグノーシスの呪いに立ち向かうための薬を飲んだ。  あの幻の薬を、ほかでもないトトだけが、飲んだのだ。  ――この人と結ばれることができるのは、もはや私だけ……。  グノーシスは、トトを選ぶしかない。  ――この人には、もう私しかいないんだ……。  その事実を改めて噛み締め、トトはぶるりと震えた。  グノーシスは目を伏せ、悲しげに、だが火球の魔法を連射するかのように畳み掛けた。 「君が僕を拒むならば、僕は生涯ひとりぼっちだ。ああ、もちろん、強制するつもりはないさ。君が僕の愛を受け入れてくれなくても、恨んだりしない。――うん。僕が一人で、孤独に生きていけばいいんだからね……」 「そ、そういう言い方はずるいです……!」 「なんにしろ、選ぶのは君だよ」  そのとおりだ。選択権があるのは、トトだけ。  グノーシスは既に選んでしまったからだ。――伴侶にするなら、トトだと。 「……………………」  グノーシスを突っぱねていた腕から、トトは力を抜いた。 「ありがとう、トト。愛しているよ」  綺麗に並んだ白い歯を見せて、グノーシスは嬉しそうに笑った。  呪術師テルノはあの日、グノーシスに言った。 「グノーシスとトトの間には、厄介な障害がある」、と。  続けて、こう問いかけた。 「その障害を取り除くために、あなたは、人間にとって最も大切なものを差し出す覚悟があるか」、と。  老呪術師の指摘した「障害」とは、トト自身の心のありようだ。外見への巨大で堅固なコンプレックス。彼女は「自分は醜く、価値がない」と思い込んでいる。  自分で自分を好きになれないから、だからグノーシスの愛情を信じることができない。自分なんかが彼のような素晴らしい男性に愛されるはずがないと、否定ばかりしている。  このようなトトの卑屈さは、一朝一夕では如何ともし難い。岩のように硬く凝り固まったそれを崩すには、「生贄」が必要なのだ。  だから、グノーシスは差し出した。 「人間にとって最も大切なもの」。それは「自由」である。  パートナーはトトだけ。グノーシスはこれから先、彼女に縛りつけられることになるだろう。  男を奴隷に貶して、鎖でがんじがらめにして――圧倒的に優位な立場になって、ようやく信じることができる。トトはそんな意気地のない、臆病な少女なのだ。
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