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5
乙女心をくすぐる情熱的な告白を聞いても、トトはどんな顔をしていいか分からない。
またからかわれているのだろうか。うっかりその気になれば、影で笑われるのではないか。
「ブスがいい気になってる」と――。
嬉しい。怖い。相反する気持ちに、ぎゅうぎゅう自我を挟まれる。苦しくて、トトは叫んだ。
「やめて! そっ、そういうのは……! そういうことは、言わないでください!」
「言うのがNGなら、行動で示すことにしようか!」
あっさり言うと、グノーシスはトトを抱き上げ、長椅子に運んだ。前回二人でお茶を飲み、歓談した、あの椅子である。
「ぎゃっ!? ちょ、ちょっと、離してくださいっ!?」
「大丈夫、落したりしないからね。こう見えて、僕は鍛えているんだよ!」
そんなの、引き締まった体を見れば分かる。
――私はあなたが思っているよりずっと、あなたのことを知っているんだから……!
口説かれ、まとわりつかれ。怒ったふりをして遠ざかっては、でもいつも振り返っていた。
華麗で堂々としたあなたを眺めては、胸をときめかせていたのだ。
――見ているだけで、満足だったのに。
だけどとうとう、私は捕まってしまった。
長椅子の上に横たえたトトに、グノーシスは馬乗りになる。
「やーっ! やだ! いやです! こんな急に……!」
形良い大きな影が体にかかる。整った顔が間近に迫ってきて、トトは慌てふためいた。
「急ではないだろう。僕はずっと君に、交際を申し込んでいたじゃないか」
「それは、でも……! だって、お断りしていたのに!」
グノーシスはトトの手を取り、指先に口づけた。
「今の僕にはもう選択肢がない。――君だけだ。それは君が一番分かっているだろう?」
そうだ。トトはグノーシスの呪いに立ち向かうための薬を飲んだ。
あの幻の薬を、ほかでもないトトだけが、飲んだのだ。
――この人と結ばれることができるのは、もはや私だけ……。
グノーシスは、トトを選ぶしかない。
――この人には、もう私しかいないんだ……。
その事実を改めて噛み締め、トトはぶるりと震えた。
グノーシスは目を伏せ、悲しげに、だが火球の魔法を連射するかのように畳み掛けた。
「君が僕を拒むならば、僕は生涯ひとりぼっちだ。ああ、もちろん、強制するつもりはないさ。君が僕の愛を受け入れてくれなくても、恨んだりしない。――うん。僕が一人で、孤独に生きていけばいいんだからね……」
「そ、そういう言い方はずるいです……!」
「なんにしろ、選ぶのは君だよ」
そのとおりだ。選択権があるのは、トトだけ。
グノーシスは既に選んでしまったからだ。――伴侶にするなら、トトだと。
「……………………」
グノーシスを突っぱねていた腕から、トトは力を抜いた。
「ありがとう、トト。愛しているよ」
綺麗に並んだ白い歯を見せて、グノーシスは嬉しそうに笑った。
呪術師テルノはあの日、グノーシスに言った。
「グノーシスとトトの間には、厄介な障害がある」、と。
続けて、こう問いかけた。
「その障害を取り除くために、あなたは、人間にとって最も大切なものを差し出す覚悟があるか」、と。
老呪術師の指摘した「障害」とは、トト自身の心のありようだ。外見への巨大で堅固なコンプレックス。彼女は「自分は醜く、価値がない」と思い込んでいる。
自分で自分を好きになれないから、だからグノーシスの愛情を信じることができない。自分なんかが彼のような素晴らしい男性に愛されるはずがないと、否定ばかりしている。
このようなトトの卑屈さは、一朝一夕では如何ともし難い。岩のように硬く凝り固まったそれを崩すには、「生贄」が必要なのだ。
だから、グノーシスは差し出した。
「人間にとって最も大切なもの」。それは「自由」である。
パートナーはトトだけ。グノーシスはこれから先、彼女に縛りつけられることになるだろう。
男を奴隷に貶して、鎖でがんじがらめにして――圧倒的に優位な立場になって、ようやく信じることができる。トトはそんな意気地のない、臆病な少女なのだ。
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