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「クラッチ……お前はいいやつだよな、ほんと、俺なんかに付き合ってさ……下らない俺なんかに……」
クラッチはナチョのその言葉で意識を戻し、窓の外に煙草(もしかしたら大麻かもしれない)の吸い差しを捨てた。
「下らなくなんかないさ、ナチョ。お前のことは俺には全部一大事だ」
「は?」
「だってお前が俺の雇い主なんだ。お前が死んだら俺は飯が食えなくなる。だからちゃんと働いて稼いでくれよ、ダーリン」
「身長2メートルのハニーなんて要らねえ」
「そんなにねえよ」
クラッチは笑いながらナチョの頭を乱暴に撫でた。
出会ってからクラッチはナチョに食事を作り、ナチョはそれを食べ、そうしてふたりしてよく飲むようになった。そのせいでほんの少し(いやかなり?)前に比べるとナチョはだいぶ太った。たいして動かないのによく食べるからだ。一方で筋トレが趣味のクラッチはその年にして腹が出ていない男となったわけである。
マッチョに頭を乱暴に撫でられたナチョはようやく泣くのをやめた。それから車の外を見て「もう少し速くしてくれ」と言った。「了解、マイボス」とクラッチは笑って答え、アクセルを踏み込んだ。
「今日はどんな仕事なんだ?」
「……荒稼ぎ」
「そらいい。クールだな」
「そうだろクラッチ、……クラッチ、……帰りも迎えに来てくれるか?」
「もちろんだ」
「ありがとう……」
ナチョは車の窓を開けてため息をつき、それから思い出したようにクラッチに手を伸ばした。
「なんだよナチョ」
「その煙草、俺のだろ?」
「そうかもな」
「一本返せ」
「胸だ、胸。ケツにはねえよ」
ナチョは煙草を一本だけ取り返すとあとはまたクラッチの胸ポケットに返した。それから煙草を吸い、また深く息を吐き出した。
「今日の仕事は懐かしい人に落ちぶれたなと言われることだ。そうして金をもらうんだ」
「……ワオ、ゲンナリしそうだな」
「でも金にはなる」
「人前で泣くなよ?」
「俺が泣くのはお前の前だけだ」
もちろんそんなことはないのだとクラッチは分かっている。仕方のないやつだなと思いながら「そうかい」とクラッチは笑った。
「着いたぜ、ナチョ」
目的には郊外から都心に戻って少し走ったところにあるホテルだった。ナチョは「一時間後に来てくれ。これで適当に飯食っとけよ」とクラッチに100ドル渡してからよらよろと嫌そうに車から降りた。
「……連絡する」
しょぼけた背中にクラッチは「ナチョ! 夕飯はラーメン作ってやるからよ、クールにいけよ!」と声をかけた。ナチョはもちろん振り返らなかった。
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