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美花がスマホから目を離さずに「コーヒー、濃いのを淹れて頂戴」と気だるく言った。
「は?」
夜音が臨戦態勢になるも、「は~い、私、得意。キッチンこっち?」と、行こうとする鳴海。その手をつかむ夜音。
「いや待って。そんなことしに来たんじゃないだろ、鳴海さん」
「鳴海?」
ようやく美花が顔を上げた。真っ赤な唇からチラッチラッと頻繁に出入りする舌は、……もしや爬虫類系……と、さすがに夜音の背筋も寒くなり。
「ああこの人も跡継ぎ候補? 新しいお手伝いさんかと思った。ごめんなさいね」
確かに美花のきらびやかな装いに比べると、鳴海は着古した地味なチュニックとジーンズにポシェット姿で、いかにも節約系のオバチャン風。
「あはは。見た目どうしたってあなた家政婦だもん。あたしもコーヒー欲しー」
美月が美花に乗っかって上から目線、しかし鳴海は「コーヒー淹れるの上手いのよ、私」といそいそキッチンに向かった。人が好いんだから、と夜音だけがやきもきする。
「あらやだ、カップ全部使いっぱなしでシンク山盛り! 洗っちゃうから待ってね――ええっと、まああ調理台が水浸し。まずはここを拭いて、と――んん? お膳布巾がないわ。古いタオルとかありません? 物置にある? じゃあ取ってくるわ、そしたらまず20センチ四方に裂いて布巾を作るでしょ……」
美花と美月が眉間にシワを寄せる。
「ちょっと。いつコーヒーにたどり着くのよ?」
「頼んだのはそっちだろ。鳴海さんには鳴海さんの手順があるんだから待ってろよな」
いつもマイペースな鳴海は、ときにこんな風に周りからイライラされるが、夜音は自称ボディガードであり、バカにする奴は許さない。
「わあ嬉しい、コーヒー豆がこんなにたっぷり! さて良い豆を選り分けなくちゃ!」
しかし鳴海は全然意に介していない。とにかくこれというものに入り込むと、何を言ってもゴーイングマイウエイの人なのだ。周りが脱落し、結果今まで夜音が守った、という実績が、実はないほどだ。
美花と美月が更に不満顔になったのを見て、夜音はスッと胸がすいた。
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