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Ⅱ.歌が聴こえる
――その後の授業は上の空だった。
キョウスケの言った通り、私は音に、音楽に敏感になってしまった。
例えば音楽の時間、例えば給食中に流れてくる校内放送、例えば遠くから響いてくる豆腐売の音色。
何らかのメロディが聴こえてくる度に、私は自分に言い聞かせた。
昏睡のスイにまつわる音楽を知ってしまったとしても、私がそれを歌わなければいいだけの話なのだ。それにこれはあくまでもキョウスケから伝え聞いた噂話に過ぎない。よくよく冷静になってみれば、このデジタルの時代に似つかわしくない噂話である。
私は下校しながら、自分の頬を両手でパシッと叩いた。
うん。大丈夫、ただの噂。迷信だ。
言い聞かせるように、一歩一歩を強く踏みしめながら、家路へついた。
*
――その日の、晩だった。
私は昨夜と同じように目を覚ましてしまった。そしてこれまた昨日と同じく、隣の居間からは光が漏れていた。まだ誰か起きているらしい。
私はまた襖の前まで這っていき、その光を覗き込む。
お母さんだけがいた。しかも、居間の机に突っ伏して眠ってしまっているらしい。背中には、お祖母ちゃんがかけたのか、カーディガンが毛布のようにかけられていた。
私は内心ホッとした。キョウスケからあんな話を聞いて、その日の夜中に目を覚ましてしまったのだから、不安になって当然だった。
しかし隣の部屋の灯りがついていて、そこにお母さんがいるとなれば、こんなに心強いことはない。だから、本当はお母さんを起こして布団で寝るように促してもいいのだけれど、私はあえて、そのまま布団に戻った。
そして眠ろうとして目を閉じた――その時だった。
どこからか、か細い声が聞こえてきたのだ。
――スイ、スイ、スイ、コンスイのスイ。
――スイ、スイ、スイ、コンスイのスイ。
私は鳥肌が立った。
ただの声のように思えたが、確かに節があり、音階があった。それがしっかり「歌」として成立していると気付くのに、そう時間はかからなかった。
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