Ⅰ.昏睡のスイ

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Ⅰ.昏睡のスイ

 ――夜中に目が覚めた。  随分寝たような気がしたけれど、薄明かりの中ぼんやりと鮮明になってきた目覚まし時計は、二十三時を過ぎたあたりを指していた。まだおやすみを言ってから二時間程度しか経っていないらしい。    すると、(ふすま)を隔てた居間の方から声が漏れ聞こえてくる。 「秋田さんとこの奥さん、眠ったまま起きんらしいね」 「え! またですか? 最近その手の病気、多いですね」  興味をひかれた私は、襖の前へと這っていき、縦にのびる光の中を覗き込む。お祖母(ばあ)ちゃんとお母さんが、湯呑みを片手に会話していた。 「……昏睡(こんすい)のスイちゃんが、来とるんやろね」 「え?」  お祖母ちゃんがぼそっと呟くと、お母さんは目を(しばたた)かせて首を傾げた。もしこれが福岡のお祖母ちゃんの発言だったなら、すぐにでも切り込むのだろうが、自分の親ではない遠慮からか、お母さんは控えめに返した。 「なんですか、それ」 「知らんのか。知らんなら、知らんほうがええよ」  お母さんは、さっきと逆の方に首を傾げながら目を泳がせると、会話をリセットするかのように、湯呑みを口元に運んだ。  お祖母ちゃんの発した「昏睡のスイちゃん」って何なのだろう。私に疑問だけを残して、夜はまた更けていった。
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