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私は、夜の河原が好きだ。
場所によっては治安の悪いところもあるけれど、近くの小川は夜はとっても静かだ。
行きつけは、小さな橋の下から少し離れたところ。
草むらになっていて、草の背丈が微妙に高いので、他のヤツから見つかりにくい。
そこに隠れながらコソコソ好きな歌を歌うのが私の日課。
自分で言うのもなんだが、そこそこ可愛い歌声だと思う。ルックスも、褒められた事しかないし。
でも人前で歌うのは少し怖い。1度勇気を出して人前で歌ってみたことがあったけれど、なんだか怖そうな人が急に近づいてきて、怖くなって逃げてしまった。
それ以来私はこのスポットで自己満足の1人リサイタルを繰り広げている。ライブバージョンのアレンジとかもしたりしながらね。
でも今日は、少しいつもと違った。
近くからギターの音色が聞こえてきた。
練習中なのかな、私の場所なのに。私のお気に入りなのに。これじゃあ歌えない。
そうこうしてるうちに、歌声まで聞こえてきた。弾き語り。
.........。
いや、めちゃくちゃへたくそだ。声からして大人の男なのだけれど、ギターが上手いのに歌が下手すぎる。勿体ない。勿体なさすぎる。
これは私が歌うしかないな。うん。この可愛い声でね。うん。
歌ってみた。
気持ちよかった。
今までアカペラだった分、メロディがあるととても気持ちがよかった。
でも歌い出すと、ギターは止まってしまった。私は自分の歌に集中しすぎていたから、ギターの音が聞こえなくなってしまったと思っていた。でも彼が物理的に弾くのをやめただけだったみたいだ。
すると男はすぐにこっちに来た。
草むらをかき分けて、こちらを見る。
「フンっ」
男は興味無さそうに一瞥した後、帰ってしまった。
私は、びっくりした。
これまで生きてきてこんな事はほとんどなかったから。こんなに可愛い私を見たら、みーんな笑顔になるのに。変な人だ。
でもそうであれば、私も好きなだけ歌ってやろうと思った。
思うがまま、好きなように、大声で歌った。
彼はもう演奏を止めなかった。
次第に彼のへたくそな歌声は聞こえなくなり、私とギターのセッションになった。
これまで味わったことの無いほど私は興奮していた。こんなふうにメロディーと一緒に歌えたらとずっと夢見ていたんだもの。
1曲歌い上げた私は、大真面目に、生まれてきた意味を見つけたぞー、なんて感慨深い気持ちになっていた。
すると彼はまたやって来た。再び現れた彼は少し上機嫌に見えた。
「猫のくせになかなかやるな、お前」
えへへ。なかなか分かってるじゃん。
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