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金色は何処へ……?
憂鬱な務めを終えた夕暮れ時。
帰宅した煉夜はいつものように家屋の戸を開け、家の中へ入った。
だが——いつもならば真っ先に出迎えてくれるはずの声と姿が見えない。
「……金色?」
「あれ、坊は何処へ行ったんですかね? 竈に火も付けっぱなしで」
部屋の中を見回しても、金色は見当たらない。
出て行ったのだろうか。
しかし、出掛けに言葉を交わした時は——。
「美味しい夕餉を用意して待ってますね!」
と、笑顔で送り出してくれた。
厨にもその痕跡がある。
約束を守ろうしていたのだろう。
なれば、何故。
煉夜は妙な胸騒ぎがして家を飛び出した。
「主様!」
あてなどあるはずもない。
闇雲に探したところで見つかる望みは薄い。
けれども——導かれる様に、足が向いた。
逢魔ヶ刻の、森の中へと。
直感が告げるままに駆けて、幾分か過ぎた時。
「ぎゃあああっ!!」
男の悲鳴が響いた。
どこかで聞いたような声。
煉夜は声のした方へ駆けた。
——そうして辿り着いた先で目にしたのは、尻餅を付き怯える金色と、肩から血を流して転がる湊音の姿。
その対面には美しき衣を纏い、扇子を掲げる白髪の女の姿があった。
「金色っ!」
「煉夜、さん……!」
煉夜は二人と女との間に、体を滑り込ませた。
何故、蒼の弟子の湊音が共に居るのか、という疑問はひとまず置いて置く。
「おやぁ、邪魔が入りんしたねぇ」
上品で高い女の声。
前方を見やると、紅を差し、艶のある唇が妖しく弧を描いた。
雰囲気でわかる。
女は——人間ではない、と。
「守橙!」
「ここに居ますよ、主様」
名を呼べば式神は応えた。
炎と共に現れて煉夜に薙刀を手渡し、傍に立つ。
煉夜は受け取った得物の切先を女に向けた。
「いややわぁ、誤解せんとください。
うちはその子を助けようとしただけです。そこの青いお人から」
女は扇子で口元を隠し、目尻の上がった菖蒲色の瞳を金色と湊音の順に送った。
女が嘘を言っている可能性もある。
どういう事か、と煉夜は湊音を睨みつけた。
「あ、妖は祓うべき悪だ!
蒼の守も、貴女も何を血迷っているのですか!?」
打ち震えた湊音が眉間に皺を寄せて眉尻を上げ、憎悪を露わにしている。
「過去に色々ある」と言った蒼の言葉が思い起こされた。
このご時世、珍しくもない話だが——。
害意を持って金色に近付いたのだと思うと、ざわりと感情が蠢いた。
それと同時に、自分の見通しの甘さを悔いて唇を噛んだ。
昔馴染みの弟子だからと油断していた。
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