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奈央に西方戦記を強引に布教して、約3ヶ月後。
私、三角律は同ジャンル同CPの集まりに参加していた。
「え、じゃああの字書き神の直江さんとリア友ってこと?」
みんな、目をまん丸にして驚く。
西方戦記の側近×主人公CPの同志たち。
同人誌即売会で知り合った、私含めて合計4人の女たちだ。
「そうだよ。直江さんとは高校一緒だった。ほら、数年前スポーツ漫画で爆流行りしてたジャンルあったじゃん。あの時一緒にヲタクしてた」
本人の前だと奈央呼びだが、ここはヲタク仲間ばかりなので「直江さん」と呼ぶ。
まじで、すごいじゃん。と周りから賛辞が飛び交う。
ペンネーム直江、本名小野田奈央は、押しに弱い。
お人好しというか、いい格好しいというか、見栄っ張りというか。
自分が悪役になってまでも断るということをしない人間だ。
だから押した。小説を書いてくれ、と。
「私たちの側近×主人公カプの最大手の神が、まさかススリさんとリアルで繋がってるだなんて」
「ススリちゃんが布教しなきゃ、私らあの神作品を拝めなかったってこと?」
「あの神作品群がなきゃ、もっと側近×側近の幼馴染カプに水をあけられていたよね。え、凄ない?」
ヲタ友からやんややんやと持ち上げられ、気分がいい。
私は活動時はススリと名乗っている。
さっき言った通り、高校時代は直江こと奈央と共にヲタク活動に狂っていた。
確かな予感があった。
「直江さんに西方戦記を勧めたら、絶対書いてくれるって思ったからね。高校時代の活動CPと似てたし」
「あの時はススリちゃん、主将×エースだっけ」
ヲタ友の1人、yaiちゃんが言う。
「そうそう。それに、直江さん新卒正社員で社会人になって、キラキラ感出してるけど、結構無理してるっぽいんだよね」
「え、あの頭の良さそうな文章を書く直江さんが?」
「なんでもスマートにこなすお姉さんを想像してたけど」
周りの反応もわかる。
実際、奈央は優等生だった。
だけど学生時代できる子評価だった子が、社会人で苦労するなんてよくあること。
人生で初めて、できない子扱いされる。
人生で初めて、そのうち退職する女の子の枠に入れられる。
そのストレスに、よほどの鈍感力がなければ、少なからずメンタルはやられる。
「そんな時にさ、二次創作小説書いて、爆いいねをもらったら、どう?」
私の言葉に周りが、ひっ、と引き気味になる。
「仕事や私生活で満たされなかった自己承認欲求が満たされて、もっと評価されたい、もっと書くぞ、ってならない?」
「うわぁ」
さらに引かれる。
yaiちゃんが、
「ま、まあ、直江さんは3作も書いてくれて、しかも今はR18の長文を更新してくれてるわけで」
とフォローした。
「あのR18小説、すごいクオリティだよね。他CPのヲタクも注目してるし」
「アニメ放映中でどんどんジャンルにヲタクが流入してる今、心強い」
みんなはうんうんとうなずいた。
実際このジャンル、このカップリングは伸びに伸びている。
奈央が書いた小説も一助となって。
そうだよ。
奈央の文章の上手さは、残念ながら社会人生活の役には立たない。
けれど、趣味としては高すぎるほど高い能力だ。
口八丁手八丁言いくるめて、評価される立ち位置に導くことの、何が悪い。
それに。
(言わなくても伝わってんだよ、フリーターを下に見てることくらい)
それなのに才能を伸ばしてやって、自己承認欲求を満たしてやっているんだ。
「ほんと感謝してよね」
自分の行動を正当化するため、私はつぶやいた。
終
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