同人字書き神とリア友

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「で、もしよかったらでいいんだけど、今度アニメ化する西方戦記の二次創作小説、奈央に書いて欲しいなって。側近攻の主人公受で」  友人の律が、ヲタクでない一般人には絶対聞かれたくないことを言った。 「え? 誕生日プレゼントに、それ?」  私は驚く。 「もちろん普通のプレゼントでもいいけどさ。奈央、今でも漫画は読むじゃん。これを機会にぜひ西方戦記にハマって欲しい」  え〜〜〜〜〜〜。  面倒くさっ。  ヲタクの布教かよ。 「ねえお願い、奈央」  律は電話越しに頼み込む。  友人、三角律は、高校の同級生で元ヲタク仲間だ。  どうやら「西方戦記」にガチハマりしているのか懇願してくる。  だが正直、ヲタ活している暇はない。  ていうか普通に気乗りしない。 「ごめん、最近忙しくてさ。もうすぐ入社3年目でさ、来月から入る新人の教育係ってのを回避できなくって」 「それでも休みはあるじゃん?」  と、律が間髪入れずに畳み掛ける。  うるさいな。  バイトにレジ操作教えるのとは訳が違うんだよ。  という本音は、もちろん言わない。 「うーん、難しいかも」 「そっか、ごめんね押しつけちゃって。でも今3巻まで無料キャンペーンやってるから、時間空いたら読んでみて。一応アドレス送っとくね」 「ありがと〜〜〜」 「読んで読んで。絶対二次創作書きたくなるから」  つ、伝わらねぇ。  迷惑だ止めろ、が伝わらねぇ。  迷惑ならもっとはっきり言えってか?  それだと私が悪者になるが?  サバサバ系になれって?  でも陰で笑われるんでしょワタサバ系って。  絶対嫌だが??? 「わ、私ね、」  もっと、角が立たない感じで、婉曲的に……。 「婚活考えてて、それで忙しくって」 「あ、そうなんだ!」 「恥ずかしくて言えなかったけど」  うっそ〜!  ウッソで〜〜っす!  婚活なんてこれっぽっちも考えてませ〜〜ん。 「そっか。ごめん、言いたくないことまで言わせちゃって」  そうそう、反省しな。 「ううん。気にしないで」  本音は伝えず、優しい言葉をかけてやる。寛大な心で許そうじゃないか。 「じゃ、気分転換に読んでみてね! ヲタクの布教に巻き込んでごめん! じゃあね!」  そして切れる通話。  え。  こいつ、迷惑なのはわかってて、あえて布教してるぞ。  流石にライン越えでは?  腹立つ……。  人の気持ちも考えろっての……。  さて。久しぶりの二次創作だ。  私は気が進まないながらも、律のリクエスト通りに小説を書こうとしている。  なぜかというと、原作の西方戦記が意外と面白かったからだ。  律の強引なプレゼンにより、漫画版「西方戦記」を無料キャンペーンで読み始めた。  マイナー寄りの少年漫画だけど照れずに王道を貫いている。  逆張りやひねった展開が苦手な私には、素直なストーリーが読みやすかった。  キャラクターも多彩で生き生きしていて……。  結局無料分より先の巻も有料でダウンロードして読み切った。  まだ完結していない作品だから、これから先どうなるかわからないとして……。  ……やるな、律。側近攻主人公受に目をつけるとは。  これまで読んだ感触としては、おそらく腐女子の人気一位は側近攻の側近の幼馴染受とみる。  2人とも高身長で、タイプの違ったイケメン。悲しい過去があり、それを乗り越える展開もあった。  顔を重視する腐女子も『BLは関係性』とかのたまうタイプの腐女子も納得の、隙のない組み合わせだ。  一方、ひたむきで等身大の悩みを克服していく主人公は、一般人気が高いタイプ。  見た目は幼く可愛らしいタイプで、身長は平均的。  少年漫画らしいくりくりとした大きな瞳。  王道の主人公タイプでありながら、腐女子がどうにか受にしたくなる要素にあふれている。  そこに、献身的な側近を攻にあてがうのは(腐女子界では)自然な流れで。  いかにも律がハマりそうな組み合わせだ。  律、どんな作品も大抵主人公受にハマっていたもんな……。  だから高校時代も、大学に進学した後も、律に二次創作をプレゼントしていた。  気楽な10代のちょっとしたお遊び。  律のリクエストが私の本命カプではなくても、要望に応えていた。  仲間内で盛り上がるから。褒め合いできるから。  その時間は、進学や就職に悩む心を慰めていた。  でもそれは、幼い時代の話。  今更そんなお遊びに力を入れる暇はない。  だから。  仕事の忙しさが落ち着いている今だけ。  懐かしい遊びに付き合ってあげよう。  そう思いながら、二次創作投稿サイトを開いた。  教えてもらったBL二次創作用ハッシュタグを、検索バーに入力する。  執筆の参考にするためだ。  甘々が主流なのか、切ない系の方がウケているのか。  人気のある作品の傾向や文字数を知りたい。  エンターキーを押すと、投稿されている作品が新着順で表示される。  同時に作品数もわかる。  が。 (え、マジ?)  検索結果、12件。  は?  少なっ。  今までハマったどのカップリングより少ない。  いや、本当のどマイナーカップリングなら、このくらいの数字当たり前なのかもしれないけど。 (アニメ化が決まった人気漫画で、おそらく二番手くらいのカップリングなのにこの数?)  思い立って、側近攻側近の幼馴染受で検索してみる。  だが、こちらも30件ほどしか出てこなかった。  どうやら西方戦記は腐女子界隈においてはほぼ注目されていないようだ。  ブラウザバックし、作品に目を通す。  三分の一ほどは作品の体を成していない、未熟な作品か萌え語り、設定だけを書き連ねたもの。  残り三分の二は一応二次創作小説として形をなしているものの、読み応えのある作品となると数えるほどになる。  これは……。  正直、西方戦記という漫画にも、カップリングにも、そこまでハマってはいない。  けれどこういう作品の二次創作をどう書けばいいかは知っている。  甘々、シリアス、コメディ、学園パロ……。  とりあえず最初は、原作ベースに、ちょっと甘い感じを乗せた、クセのない短編で。  私の執筆方針、兼、律への誕生日プレゼントの内容は、決まった。  帰宅は遅くも早くもない、8時半。  仕事着を脱ぎ、出来合いの弁当と休日に作った副菜とで夕飯を済ませ、すぐ小説に取り掛かった。  内容はあらかた決めてある。後は書くだけ。  ソファでごろ寝をキメて、スマホの文章作成アプリを開いた。  通勤や休憩時間などの隙間時間に、少し文章を書き溜めてある。  それを組み立てて、補足の文を付け加えて、少しずつ形にしていく。  一から文章を書くぞ! と思うと億劫になるのが人間だ。  だからいつも私はこういう書き方を採用している。レポートでも、報告書でも、二次創作小説でも。  書いて、お風呂に入って、すっきりとした頭で見直して、推敲して、寝る。  そんな生活を何日か続けて、ようやく一作、完成した。 (約5000字か。昔はもっと書けてたんだけどな。衰えたな)  まあ、あの頃と違って、今は勤め人だし仕方がない。  いつもの流れで推敲を終えて、とうとう投稿サイトに作品を投稿した。  ハッシュタグ、OK。  誤字脱字、多分ない。  自己紹介文、キャプション文も、大丈夫。  投稿サイトのアカウントは学生時代に使っていたものを流用している。  ちゃんと投稿されたことを確認して、私は律にメッセージを送った。 「頼まれていたもの、投稿したよ。おたおめ」  しばらくして返信が来た。 「ありがとう!!!! もったいなくて読めん!!!!! 感謝しかない!!!!!! うちのアカで拡散するけどよろしく!」 「好きにしてくれ」  律のテンションはあの頃と全く変わらない。  微笑ましく思いながら、私は眠りについた。  次の日。  朝の身支度に手間取り全く気づいていなかったけど、ふとスマホを見ると10件以上の通知が来ていた。  何、これ。と不思議に思いながら開くと、通知は二次創作投稿サイトからのもの。  私の作品の閲覧数が伸びていて、いいねもたくさんついていたのだ。  ……???  こんなに?  ある程度リアクションはあるだろうと思っていたけれど。  こんなにいい反応が返ってくるなんて予想していなかった。  西方戦記の二次創作って需要と供給が釣り合っていないのか?  ありうる。  カプに萌えて二次創作を読むことと、自ら二次創作を生み出すことの間には高い高い壁がある。  萌えても書けない人が多い、そういうジャンルなのだろう。  仕事を終えた後、再び確認すると、さらにいいねの数は増えていた。  コメントもついていた。読んでみると、律のヲタクアカウントからリンクを踏んできたという人が多い。  無難に返信しつつ、考える。  閲覧数はさらに伸びている。  いいねの数もこれから増え続けるだろう。  アニメ化が評判になり注目されれば、もっと。  私は次の作品の構想を練り始めた。
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