猫のグレース

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猫のグレース

 初夏の兆しが漂い始めた6月初旬、私たちは猫のために日当たり抜群の2LDKのマンションを借りて同居を始めた。    逢いに行った子猫は実物のほうが数倍も可愛かった。サイトの写真は保護当初ので、知らない所に連れて来られて不安でいっぱいだったのだろう。今は美味しいもので腹を満たし、安堵からか目元から不安感が消えていた。ウルウルの目で見つめられると、いまにも昇天しそうだ。  相性とかを見極めるための一週間のトライアル期間を終えると正式に譲渡される。    住居の確認のために、猫は保護施設の人が家まで連れて来てくれる。純粋に猫を引き取りたいという人ばかりではない。性善説に頼り確認を怠ると、思わぬ悲劇を生むこともある。結構な決まり事や制約があるが、二度と路頭に迷うことなく幸せになって欲しいと願う保護者の願望が込められているので守らなければいけない。    晴れてうちの仔になった子猫は”グレース”と名付けられた。GRACE=優雅さ、優美さ、上品、美しさなどの意味があり、綺麗な淡いグレーの毛並みの子猫にぴったりだった。初心者にはオスの方が飼いやすいと言われたが、レイが頑なに「この子がいい」と譲らなかった。確かに小さいながらも気高く上品な雰囲気が魅力的である。将来が楽しみで、もしかしてYo○Tubeでバズれば遊んで暮らせるかもと、不謹慎な考えも頭を()ぎった。    レイは暇さえあれば抱っこして頬擦りしているが、あまり好かれているとは思えない。グレースは抱っこされながら私に助けを乞う眼差しを向けている。たぶん飼った経験がないので扱いに不慣れなのだ。猫は気まぐれで、自分から寄ってくる以外はしつこくされるのが苦手だ。だが、そのアドバイスを未だに伝えることが出来ないでいる。  ごめんなさい、嫌われても知りません。私のせいではありません。  運動に良いとキャットタワーを買った。あれがいいこれがいいと喧々囂々(ケンケンゴウゴウ)の末、釘とかを使わずに手作りしている結構な高級品を注文した。届いて開封すると天然木の清涼な香りが部屋に立ち込めた。  ほぼ完成品だが、何点かパーツをつけて窓際に設置した。グレースは興味深く設置の様子を窺っていたが、匂いが苦手だったらしく遠巻きに見ている。丁寧に乾拭きして日向(ヒナタ)に当てると匂いも緩和された。  夜には下部に設置してあるに前足を当てて爪を研いでいた。そのイッチョ前で必死な様子に二人で声援を送る。まるで幼稚園の運動会でわが子を応援する保護者のようだ。  そう、グレースは私たちの(カスガイ)なのだ。てんてんのお腹を見せてで寝るこの仔が、二度と怖い夢を見ないように、優しく見守ってあげよう。 「天使みたいだね。この子のためなら何だってしてあげられる気がする」 「うん、してあげられるじゃなくて、幸せにするんだよ」 「そうだね、良かった・・・」    レイが涙ぐんだ。初めて見せた涙だ。  しっかりしてくださいね、あなたには守るものが一つ増えましたよ。  
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