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哀しいね
夜の公園は街灯がチカチカして薄暗かった。昼間の喧騒からは想像もできないくらいに全く違う姿に変貌している。
よくコンビニで買ったアイスを家に帰るまで待ちきれなくて、この公園で二人で食べる。団地が近いので、いつも幼い子供の歓声がにぎやかに響いている。
この妙な静けさが馴染みの公園とは思えず、頬をなぞる風が必要以上に冷たく感じられた。
レイが「佳奈美さん」と呼んだ、室戸佳奈美。この名前を知っている。以前にストカー行為でRENKAREを出禁になった人物である。
操り人形のように、自分で動けない彼女は肩に手を置かれ、ベンチに腰を下ろす。レイも隣に座った。少し離れたベンチから二人の様子を見ていた。
彼女のすすり泣きが聞こえてきた。
静かな公園にゆらゆらと震える声が闇に沈んでいく。しばらくすると儚く線香花火のように消えた。辛抱強く待っていたレイが口を開く。
「今から話すことは佳奈美さんには辛いことかもしれないけど、聞いて欲しい。僕は佳奈美さんの思いに応えることはできない。それはあなたを嫌いだからじゃなくて、佳奈美さんと同じように好きな人がいるからだよ。人を好きになるって、すごく素敵なことだけど叶わなければ苦しいよね。だけど、それを誰かにせいにしちゃうのは間違ってる。悪いのは佳奈美さんでも僕でも誰でもない。僕の初恋は失恋で終わったんだ。すごく好きだったけど話をすることも出来なかった。悲しかったけど良い思い出だよ。佳奈美さんが僕を好きでいてくれて嬉しいよ。それをちゃんと覚えていてね、僕も忘れないから。必ず素敵な人が佳奈美さんの前に現れるから、それまで自分を大切にして欲しい」
佳奈美さんは背中を丸めて静かに聞いていた。細かく縦に何度も首を振る。
「ちょっと車止めてくるから見てて」
レイは私に彼女を託すと、大通りまでタクシーを探しに行った。
「彼女さんですか?」佳奈美さんが初めて私に気づいたように尋ねた。
「いいえ、友人です」
「そうですか……」声だけ聴けば冷静さを取り戻しているようだった。
彼女は教師で以前は結婚もしていた。離婚して2人の子供の親権は元旦那が持っている。離婚当時、彼女の精神が不安定でそういう判断になったらしい。それも良くなかったのか、錯乱状態が続き治療で教師の職を長期離脱した。
復帰してからは臨時教師をしている。
レイを指名してきたときも警告を無視して迷惑行為が止まらなかった。直接会うのが禁止になりオンラインデートは続けてたが、レイが辞めることで制御が利かなくなった。
タクシーを捕まえたレイが帰ってきた。
促されると佳奈美さんは私に一礼し、タクシーに乗り込んだ。
中からレイを見つめる、レイは静かに微笑み、それを見た彼女が運転手に行き先を告げた。その凛とした横顔が物悲しく決別を語っていた。寂しく哀しい女を乗せた車が暗闇に消えていく。
「なんでこんなに哀しいんだろう……」
涙が止まらなくなった。レイがいなくならないで良かったという安心感。
それと人を愛することの切ない気持ち……
ただ人を愛しただけなのに、誰も悪くないのに......哀しすぎる。
「大丈夫、大丈夫だから、もう大丈夫だから」
子供をあやすように、泣いてる私の背中をさすりながら繰り返す。
レイの一生分の大丈夫を聞いた気がした。
「大丈夫じゃないよ、早く病院に行こ」
徒歩で5分くらいの夜間も診療している救急病院で手当てしてもらった。
全治1週間、8針縫った。止血処理をしている時に「神経を傷つけないで良かったね」と言われ、ゾっとした。
佳奈美さん、あなたの傷も早く癒えるといいね。
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