サプライズ

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サプライズ

  あなたの、その腕に抱かれたら私はどうなるのだろう。風に吹かれる木の葉のようにひらひらと舞って、辿りついた胸の中で深く眠りたいと夢想する。  夢に見るだけなら容易いけど目覚めた時の空虚に苛まされるのは辛い。  時々、彼の懐に抱かれているグレースと身体を入れ替えられないかと思う。あの仔は抱かれたくなくて、私は抱かれたいのに......ちぐはぐだね。  辺りの木々は葉を落とし、冬支度を始めている。  冬は炬燵にみかんでしょ、と唐突に考えた。たぶんグレースも炬燵を気に入ると思う。  部屋が狭くなるので仕舞いこんでいた炬燵を出した。炬燵布団は引っ越しの時に捨てたので新調するけど、取りあえずは厚手の毛布で代用することにする。  早速、何にでも興味津々のグレースが飛び込んできた。毛布をめくると用心深く匂いを嗅ぎ、中を隈なく探索している。 「へぇー、炬燵なんてあったんだ」  オンラインデートを終えたレイが部屋から出てきた。  RENKARE(店名)を辞めてからも問い合わせが殺到し、オンラインだけという条件での再開を承諾した。物腰が柔らかくなったとかで、以前にも増して人気が衰えることを知らない。  しかも今まで関東に限定されていた利用者も全国区に拡大される。レビューには熱い感謝の言葉が綴られている。これって人助けかもと、寛大な理解を示す私。  レイの優しさは心から湧き出るボランティア精神なのかもしれない。仮とはいえ極上の男から献上されたら、女は必殺だよ。それを独り占めするのは背徳だと納得するのだ。  長い足を入れると、グレースがビックリして顔を出す。 「あっ、ごめん、中にいたんだね」    ひとしきり遊んであげると満足そうにキャットタワーの天辺(テッペン)にある寝床まで駆け上がった。レイは冷蔵庫の○ビアンを手に、次のデートの時間だと部屋に戻った。 『ちょっと来て』 オンライン中なのにレイからLINEが来た。 『デート中でしょ』 『いいから、来て』    オンライン中は絶対に部屋に入らないようにと厳重に言われていた。呼ばれたので何かのトラブルかと思い恐る恐るドアを開ける。  部屋の隅をパーテーションで囲ってオンライン用のスペースを作っている。余計なものが映るとだと憶測され厄介だし、ちょっとした背景でも住居を特定される危険がある。それを回避するための仕切りだ。 『ねぇ、見て』  レイに促されてパソコンの画面を覗く。相手は一人のはずなのに男女の二人がこちらを見て手を振っている。目を凝らすと、なんと女の人は佳奈美さんだった。  満面の笑顔で私を見ると、画面から外れたところに待機していた人物を手招きしている。照れくさそうに二人の子供が登場し、佳奈美さんの隣に並んだ。説明されなくても、すべてが理解できた。 「元ダンがやり直そうって言ってくれたんだって」  レイが小さく呟いた。隣の旦那さんは黒縁のメガネが良く似合う堅実そうなかたで、子供はどちらも旦那さん似である。 「佳奈美さん、元気そうですね。よかった、本当によかった!」 「ありがとう、レイ君がサプライズにしようって、ビックリしたでしょ。ちゃんとお礼が言いたいのもあったけど、幸せになりましたって見せびらかしたくて、きゃはは!」    照れ隠しの笑顔がまぶしくて、それに釣られて笑ってる子供たちの顔が輝いていて......これが紛れもない本物の幸せなのだと思った。  彼女はもう大丈夫だ。幸せが零れ落ちないように、隣で優しく微笑んでいる旦那さんの手をしっかり握って二度と離したらダメだよ。 「レイ君、今まで本当にありがとう。あなたのお陰で自分を取り戻せたよ。今度はレイ君の番だね。素直になったら道は開けるよ、じゃあ~」  ちょっと謎めいた言葉を残して佳奈美さんはアプリを閉じた。レイの顔を見ると、あっと声を出して慌てて視線を外した。  なんだ、また隠し事ですか。厄介な騒動に巻き込まれるのは、もう懲り懲りです。その夜、事件は起きた。
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