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普通が難しい
かつて”人生いろいろ”で批判された総理大臣がいた。国会の答弁で、あの発言は度肝を抜かれたが、なぜかクスっと笑えた。
後にも先にも不世出の政治家だと思うが、このご時世だったら不適切どころでは済まされなかったと思う。
多種多様の生き方が許容される寛容な世の中と喧伝されるが、それが逆に生きにくいと追い詰められてはいないか。
枠組みが決められ、このカテゴリーにはコノヒトとかで囲われる。大多数のフツウに無理やり押し込められ窮屈に身を縮めていないか。理解を深めようとLGBTQの名称で5段階に分類し、そこに属さない者は迷路に迷い込む。
セクシュアリティーの問題は十人十色である、定義など通用しない。
「僕みたいなヤツは世間から弾き飛ばされるようで不安になる。フツウってなんだろうな」
レイにとってアイデンティティの確認は辛い作業なのかもしれない。
「レイは選ばれた人だよ。その顔が普通に分類されるはずがない。だからレイはレイでいい」
「変な言い方」
敢えて腫れ物に触るような接し方を避けた。病気でもなければ、時間が解決するものでもないからだ。
確かにあの日のカミングアウトは衝撃だった。でもレイを嫌う理由にはならなかった。それより辛い事実を話してくれたことが嬉しかった。ひとりで抱え込んでいたレイが愛しくて、そっと見守ってあげたいと思う。
「決めたよ、レイを嫌いになるまで好きでいる」
「だから、ヘンな言い方、死ぬまで生きるみたいな」
顔を見合わせて二人で笑った。
本当は前言撤回だよ、レイを嫌いになるじゃなくて、レイに嫌われるまでだよ。私があなたを嫌いになるなんて、世紀末が来てもあるはずがない。
でもこれは内緒、口が裂けても言わないよ。
「ねぇ、しおり来て、この子可愛いでしょ」
手招きされて近づき、差し出したスマホを覗き込んだ。画面に淡いグレーのふわふわな子猫が映し出されていた。片手で持てるほど小さくて、ちょっと不安そうな顔をしている。
「この仔が飼いたい。猫好き?」
「好きだよ、実家ではずっと飼ってたもの。いまも2匹いるし」
「僕んちは母にアレルギーがあって飼えなかった。ずっと猫と暮らしたいと思ってた。ねぇ、一緒に飼わない?この子、飼い主探してるんだ。この垂れ目のとことかカワイ過ぎでしょ。きのう夢に出てきた。」
もしかして、いま一緒って言ったよね、どういうこと?
「ほら、しおり仕事やめちゃったでしょ。ちょっと責任感じてるし、良かったら一緒に住まないかと思って。家やたらと広いし、二人だと便利なこと多いし、どう?」
「お断りする理由がありません」
爆発しそうな感情を抑えたら、なぜか敬語になった。
「じゃあ決まりだね。予約取って近いうちに、この仔に会いに行こう」
コンシェルジュのいるマンションなんて一生縁がないと思っていた。赤坂の一等地にあり、芸能人も御用達の高級マンションがレイの住居だ。
ストーカー被害にあってからセキュリティ重視で選んだらしい。芸能人に配慮したのか、裏に隠し通用口があるので追っかけ対策にいいのだ。
でも住むにはよそいき感が半端ない。少しの時間お邪魔しただけで畏まってしまうのに、生活するには無理がある。
「提案があります。レイがRENKARE(レンタル彼氏の店名)を辞めるなら、もっと違うとこ探そうよ。あそこは居心地が悪い」
「わかった、いいとこ探そう、うっひゃ~~~!」
スマホの画面を見ながら奇声をあげてソファになだれ込む。レイのこんなテンションが高いのを始めて見たかもしれない。
すぐに保護猫カフェに予約を入れて、一週間後に面接をすることになった。
後に判明したのだが、保護猫譲渡の条件に一人暮らしは不可とあった。同居は猫を飼うためだった。してやられた感は否めませんが猫には感謝です。
猫様、あなたと私はWin-Winの関係ですよね。
お互いにがんばりましょう。
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