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 何よりぼくは、絶対音感の持ち主だった。この衝撃は、千年の恋も醒めかねないものだった。音楽の話を、そう言えばした事が無かった。  彼女の歌が終わる頃には、ぼくはきっと蒼ざめていただろう。それほどの破壊力だった。「…好きな人ができたの。だから、ごめんなさい。もう会えない」  彼女は漸く持っていたマイクを置き、言った。一通りの儀式は終わった。 「ぼくの事が嫌いになったの?」 「違う。違うの。嫌いじゃない。好きよ」 「じゃあ、どうして」  年甲斐もない、と思いながらぼくは食い下がった。 「でも、恋愛ってそんなものじゃない?」  彼女はぽつりと言った。  恐らく、彼女は転職と同じように、軽やかに恋の遍歴を重ねてきたのだろう。それは魅力的な彼女にとって、当然と言えば当然の事なのだ。 「そんなもの、か」  ぼくは言った。人生でいったい何度、恋しい人の歌声に落胆する事があるだろうか、と考えながら。彼女の存在と、音痴である事のどちらが重大かと、考えながら。
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