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部屋には灯と誘宵が残されたが、2人の関係は親しく会話ができる間柄でも何でもない。自分の部屋なのに居心地が悪かった。 どこに仲の良い要素があるのか。 「お前、何でさっきの女には敬語で、俺に対してはそんなつっかかるんだよ。俺はその方がいいけどさ」 「確かに、何でだろう」 相手が年上だから、というのは違うだろう。誘宵も二十代後半くらいに見える。2人のどこが違うのか。性別だろうか。いや、性別も関係ない気がする。何故か誘宵に対しては畏まるような気持ちが起きない。 「……誘宵の方がガサツそうだから?」 「俺はガサツじゃなくて、大らかって言うんだよ」 灯が出した答えに誘宵は怒るわけでもなく、兄が弟に言葉を教えるような口調で返した。そして少しだけ真剣な表情をして灯に向き直る。 「お前の父親が何か言ってくるかもしれないが、1度契約したらどちらかが死ぬまで解除できないのが普通だ。諦めろ。その代わり、ちゃんと眷属らしく振舞ってやるから」 「え、いいよ。身の回りのことくらい自分でできる」 反射的に断ってしまった。 雛彩芽のようなたおやかな眷属ならともかく、誘宵のような大男にかしずかれても。 「そうじゃねーよ! 俺がそんな家来みたいなことするか。お前、菊峰の男なんだから妖と戦うんだろ。俺が一緒に戦ってやるし、守ってやる。俺は強いぞ。頼もしいだろ」 己の力に自信があるのか、誘宵は得意顔だ。 他の人間だったらありがたい話なのだろうが、眷属になって欲しくない灯にとっては嬉しくも何ともない。 「でも、俺の先祖に封印されたんだろ」 「あれは卑劣な罠に嵌められたんだよ。真っ向勝負だったら俺が勝ってた。よし、無知なお前に俺の武勇伝を教えてやろう」 「それ、聞かなきゃダメ?」 老人の話は長い。 校長の話が良い例だ。 たかが数十年生きた程度の人間が、朝礼程度の話題であれだけ話せるのだ。人間の何倍も長生きの妖が武勇伝なんて語り出した暁には、何時間かかるかわからない。 聞かなくて良いのなら避けたいものである。 「まぁ、いいから聞けって」 誘宵は灯の腕を引っ張ると自分の隣に座らせ、機嫌よく過去を語り始めた。 結局、灯は誘宵の過去話を延々と聞くはめとなった。 今のところ酒を飲むだらしない姿しか見せていないが、誘宵は灯の祖先が苦労して封じた妖だ。人間や他の妖との死闘といった話が聞けるだろうと黙って聞いていたが、ものすごい美女を口説き落とした話や厳重に隠された宝物を盗んだ話ばかりで途中から聞くのが苦痛になってしまった。うんざりしつつも最後まで聞いた己を律儀だと思う。 灯の眷属とは言うものの、出会ってから誘宵は一切こちらの顔色を伺うことをしていない。人間ではないからか裏表がなく自由気ままに生きているように見える。 悪い奴ではないのだろうが、正直苦手なタイプだ。 ほとんどの時間を一緒に過ごすのは遠慮したい。 (早く眷属の契りを解消できますように!) 灯は心の中で切に祈った。
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