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裏山はあいかわらず不気味な場所だった。
たまに車が通ることもあるが、今日はその気配もない。
「……いるな」
「立ち入り禁止」の看板を越えた辺りで、誘宵が静かに呟いた。
目をつぶって神経を研ぎ澄ませてみれば、確かに何かしらの気配を感じた。
「灯はそこにいろ」
「え、でも」
「体がなまってるんだよ。久しぶりに動かしたい」
誘宵がそう言うので、灯は邪魔にならないように近くの木にもたれて様子を見ることにした。
現れたのは黒い鳥だった。
カラスと似ているが、大きさは全く違う。全長だけでも成人男性くらいありそうだ。羽を広げたら、もっと大きく見えるだろう。人間がこのクチバシや足の爪に攻撃されたら、ひとたまりもない。
この鳥は実体ではなく霊体だ。普通の人間だったら、「突然何かに攻撃された」「何故か怪我をした」としか思えない。そんな事が何回も起きれば、「これは人知の及ばぬ存在のせいだ」ということにもなろう。退魔師に依頼がくるのも当然の事である。
黒い鳥の姿をした妖は、動きもその辺の鳥とは全く違っていた。
とにかくスピードが速い。あまりにも速いので、消えたかと思うくらいだ。
誘宵は攻撃を軽々とかわすが、こちらの攻撃もかわされている。灯は札を使って妖と戦うが、誘宵は肉弾戦らしい。驚異的なジャンプ力で跳び上がり、空中で鳥に蹴りを食らわせている。だが、うまくかわされて致命傷を与えることができていない。
「ちょこまかと!」
誘宵が忌々しそうに叫び、呪文を唱え始めた。
何か術を発動させるのだろう。しかし、妖は何かを察知したのか、誘宵を攻撃しようとしていた動きを止めて空高く飛び去ってしまった。
「くそっ、上に逃げられた」
あれだけ大きかった姿が、あっという間に豆粒くらいしか見えない距離に行ってしまった。
「あの距離だと、札も届かないな……」
「悪い、思ったより力が戻ってないみたいだ。うまく動けねぇ」
人間の灯からしてみれば誘宵の動きは強者のそれだが、本人的にはそうではないらしい。
悔しそうな顔をしている。
「でも、倒せない相手じゃない。次は上に逃げないよう策を取ればいい」
「灯は真面目だな」
そう言って、誘宵の大きな手が灯の頭を撫でた。
頭を撫でられるなんて、何年ぶりだろう。幼い子供を相手にするような誘宵の行動に、灯はくすぐったい気持ちになった。
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