15人が本棚に入れています
本棚に追加
部屋に戻るなり、誘宵が怒りの声をあげた。
「あのオッサン、お前の父親なんだろ。何であんなに冷たいんだよ。獅子は崖から子供を落とすとか言うけどよ、そういうのじゃねーな。あれは本気でお前のこと嫌ってるぜ」
誘宵に言われなくてもわかっている。
父は灯のことを疎んじていることくらい、日々の態度で嫌というほど感じている。
灯は濡れた服を脱いで部屋着に着替えると、そのままベッドに潜り込む。
「……疲れた。寝るから、静かにしてくれないか」
灯の言葉に誘宵は気づかわし気な視線をよこしただけで、何も言わなかった。
しばらくは部屋の中にいたが、やがて静かに部屋から出て行く音がした。灯に気を遣ってくれたのだろう。
寝るとは言ったが別に眠いわけではない。
頭から布団を被り、体を丸め、暗く静かな空間の中でぼぅっとしていたいだけだ。
何もしたくないし、何も考えたくない。
それでも意識があるというのは厄介で、考えたくもないのに嫌な記憶や不安が頭の中に浮かんでくる。
不眠症の人間が睡眠薬に頼る気持ちが何となくわかる気がした。
次の日の予定が楽しみで、ワクワクして眠れないのとは違う。
鬱々とした何かを抱えながらも意識を手放せないのはつらいことだ。
先ほどの父の目が頭から離れない。
今までだって怒られたり、けなされたりすることは多々あった。誘宵と契りを結んでしまった日もそれはそれは冷たい目で見られた。
でも、あの日は異常事態だったし、あまりの出来事に灯も混乱していたから何とも思わなかった。
それが、今さっき父が灯に向けた視線は何だ。
灯に対する嫌悪感を露わにした目だった。
蔑みや怒りだけではなく、憎しみまで込められていた。
今後もあの視線をぶつけられて、灯は何も言えずに謝り続ける日々を送るしかないのだろうか。
灯が幼い頃は優しかったのに、数年前から人が変わったかのように冷たくなってしまった。
母が亡くなった後も、父と灯と花波の3人で支え合っていこうと話していた父なのに。
最初のコメントを投稿しよう!