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父が灯につらく当たるようになってから、花波も変わってしまった。
思春期の少女だから、兄である灯をうとましく感じることもあるだろうが、それでも度を越しているような気がする。
今は本邸と別邸で生活の範囲が違うので顔を合わせる機会がほとんどないのが救いだ。
家を出ることは考えてはいるが、灯に何ができるのかわからない。
菊峰の一族として妖と戦うことは人生の責務だと思っているが、家を出たらそれができるのだろうか。
母から言われた通りに己の能力を最大限人の為に使おうと考えてはいるが、果たして退魔師の仕事以外で灯は人の役に立てるのだろうか。
(駄目だ、嫌なことばかり考えてしまう)
灯との契約が解消されて無事に誘宵が花波の眷属となれば、この状況も少しは良くなるのだろうか。
誘宵だって、主にするのなら何の権力もない灯よりも次期当主の花波の方が良いに決まっている。
今は契約があるから灯の味方をしてくれているだけで、もし解消されてしまったらわからない。
誘宵の過去の話を聞いたが、美しい女性が好きなようだし、今はまだ子供でも花波が美しく成長したらそちらに心を動かされるに違いない。
雛彩芽も、使用人も、一族の皆も、灯に優しいが結局は父側の人間だ。もし父が灯を家から追い出すなどと言い出せば、誰もそれに反対できるものはいない。
冷たくあしらわれたいたとしても、今は衣食住も提供され、学校にも行かせてもらえる。それで十分ありがたいが、この家の中に灯の居場所はないと感じてしまう。
控えめにドアをノックする音が聞こえた。
「灯様、起きてらっしゃいますか。夕食のお時間です」
昔から菊峰家で働いている中年女性の声だ。いつも灯の食事を用意してくれている。
起きてはいるが、返事をする気にはなれなかった。
食欲もない。
もう一度コンコン、と音がして名前を呼ばれたが、灯からの返事がなかったので諦めたのだろう。部屋の前から離れていく足音が聞こえ、灯はそのまま意識を手放した。
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