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一旦部屋に戻り、部屋着から着替えて家を出た。冬が近くなり、夜ともなるといっそう寒さが増している。仕事着に着替えてしまったが、普段着にコートを羽織って来ればよかったと後悔した。外で灯を待っていた誘宵は寒さを感じないのか、家にいた時の着流し姿のままだった。
「さっきと違うもの着てるな」
「これ? 仕事用の装束」
灯が着ているのは、黒い着物に黒い袴。これがどのような意味を持つのかは、装束に詳しくない灯にはよくわからない。
数年前に用意されたものを今も着用している。
「初めて会った時も同じもの着てたよな。お前、学校に行くときの格好よりもそっちの方が似合ってるぜ。いつもそれ着てろよ」
「あれは制服だから、学校に行くときはあの服装じゃないといけないの。普通の人はこの格好しないんだよ」
似合ってると褒められるのは嬉しいが、家業の関連の用事がある時以外でこの衣装を着ることはない。昼にこの格好で出歩くと目立つので、人のいる場所に行くときは着用を避けているのだ。
誘宵は今の着流し姿も似合っているが、先ほどの洋装も様になっていた。高身長の美男子はずるい。
「さて、行くとするか」
誘宵は下駄の音を響かせて、さっさと歩きだした。
慌てて灯は後を追う。足の長さに差があるせいで、うかうかしているとかなり距離が離されてしまう。
「裏山に行くのか?」
「そうだな……匂いはこっちだ。うん、さっきの山の方だな」
空を見ると、月が煌々と照っていた。
満月ではないが、かなり丸に近い形をしている。
これだけ大きく明るい月ならば、きっと誘宵も調子が良いだろう。
裏山に続く道は人通りが少なく暗い。何軒か民家はあるが、道の両脇はほとんどが畑や林で、遅い時間まで営業しているような店はひとつもない。
誘宵は黙って歩いていた。少し後ろを灯が追う形だ。
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