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何てことはないように誘宵は言うが、蝶よ花よと育てられた花波にとっては辛辣な言葉であることは間違いない。
契約は絶対にしないと断言され、その上で大嫌いな兄よりも格下扱いされるなど、どれだけプライドを傷つけられたことだろう。
事実、花波は呆然と立ち尽くしている。
灯は花波に同情した。
「ほら、行くぞ」と誘宵に促されてその場を立ち去ろうとした灯の耳に、花波がボソっと呟く声が入ってきた。
「何でそんな、厄介者の肩持つのよ」
厄介者。
その言葉はかつて灯が父に言われた言葉と同じだった。
突然、灯に対して冷たい態度になった父。
初めはよそよそしいとか、無愛想なだけだった父が段々と攻撃的な言葉を投げかけてくるようになった。
その時に何回も「厄介者」と言われた。
何故そんなことを言うのか灯には見当がつかないし、父に理由を尋ねる勇気もない。
だが、その言葉の意味くらいはわかっているつもりだ。
花波の口から同じ単語が出たことに、灯は心の中が冷えていくような気がした。
自分はうまく表情を作ることができているだろうか。
今、どんな顔をしているのか自分でもわからない。
「……お前も、お前の父親も、俺を苛つかせる才能だけはあるみたいだな」
誘宵の地を這うような低い声にハッとして、灯は我に返った。
「ひっ」
怒りを滲ませた誘宵の表情に花波が身をすくめた。その顔に浮かんでいるのは怯えだ。
誘宵からは殺気さえ感じる。
「これはいけない」と灯はとっさに誘宵の袖を掴んだ。
「誘宵、いいよ。行こう。ご飯は食べた?」
「お前、何で言い返さねえんだよ。こんな奴らに言いたい放題言われて」
誘宵は理解できない、という表情をしていた。さっきまでの憤怒は消え、今は灯に同情しているようにも見える。
「波風立てたくないんだ。俺は、この家では立場が弱いから」
灯の回答に誘宵は何か言いたげにしていたが、諦めたように溜息をひとつ吐いた。
「わかったよ、俺は灯の従順な下僕だからな」
それだけ言うと、その場を去ろうとする灯の後を黙ってついてきた。
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