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「あれ、菊峰くん」
クラス委員の仕事を終えた放課後、生徒数もまばらな校門を過ぎたところで声をかけられた。
日本史教諭の久我だった。
トレンチコートを着た姿は若々しく、社会人というよりも大学生のように見える。
「久我先生。帰るところですか」
「そう。今から大学に顔出さないといけなくて。そういえば君、今日の授業中ずっと上の空だったでしょ」
「……すみません」
ノートは真面目にとっていたつもりだが、物思いに耽っていたことは気づかれていたようだ。
久我の声には叱る時のような厳しさはない。責めているわけではないのだとわかってはいるが、灯は素直に謝罪した。
「ああ、別に怒ってるわけじゃないよ。君は受験しないって聞いてるから、今更授業聞いててもね」
「授業が嫌なわけではないんです、ただ、ちょっと考え事をしてて」
2人並んで、ゆっくりと歩いていく。
灯は徒歩で帰るが、久我は駅に向かうのだろうか。だとしたら、もう少し歩いた横断歩道で解散だ。
「困りごとなら相談して欲しいところだけど、君の年齢だと色々あるだろうから……ねぇ、あの人、君の知ってる人?」
「え?」
久我の目線の先には、眉間に皺を寄せてこちらへ向かってくる誘宵がいた。
(誘宵!? 何で学校に……)
困惑する灯を余所に、久我はどこか楽しそうな声をあげた。
「ふふ、何だか視線で殺されそうだ。君の恋人? 随分と年が離れてるみたいだけど。嫉妬してるのかな」
「こ、恋!? 違います、親戚のお兄さんです!」
冗談にしても、この教師は何てことを言うのだ。
灯は叫びかけた声を抑え、誘宵が鳴海に説明した時と同じ嘘をついた。
学校関係者にはこの説明で押し通そうと心に決めている。
「そうなの? わざわざ迎えに来てくれるんだ?」
「いえ、たまたまだと思います……」
久我が指摘した通り、親戚のお兄さんが学校に迎えに来るなんて聞いたことがない。
だが、灯にも今の状況の説明ができないので無理な設定を押し通すしかなかった。幸い久我はあれこれと詮索する気持ちはないらしく、それ以上は聞いてこなかった。
「彼が怖いから僕はこの辺で退散しようかな。また日本史の授業で」
確かに不機嫌そうな誘宵の目は怖い。久我に変に思われないだろうか。
つい、灯の口から言い訳のような言葉が漏れていた。
「あの、ただ目つきが悪くなってるだけだと思います。先生に対して敵対心があるわけじゃないんです。本当に……」
灯が必死に誘宵の擁護をすると、久我はおかしそうに笑った。
この人が生徒に対して怒っている姿を見たことがない。大抵笑っている。今も誘宵に睨まれているのに怖がったり怒ったりするどころか、この状況を楽しんでいる様子だ。
「そういうことにしておいてあげよう。じゃあね」
やはり久我は駅に向かうようで、横断歩道で灯とは別の方向へと歩いて行った。
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