灯の試練

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離れていく久我と入れ替えに、焦った表情の誘宵が灯に駆け寄ってきた。 近くに来るなり肩を掴まれる。 「灯! 大丈夫か? 今の男に変なことされてないか?」 誘宵がわざわざ学校にまで来るのも予想外だったが、まさか道端でここまで大袈裟に心配されるとは思わなかった。 思考がついていかず、聞かれたことにそのまま答えることしかできない。 「大丈夫だよ。学校の先生だよ」 このまま道端に立っているわけにもいかないので、やんわりと誘宵の手をどけて、歩きながら答えた。 まだ心配そうな顔をした誘宵が灯の横を歩く。 「本当か? 何か嫌な感じのする奴だったぞ。霊力はなさそうだけど、あの不気味さはなんだろうな。顔が整い過ぎてるせいかな」 「失礼だな。授業もわかりやすいし良い先生だよ。それより、どうしたのさ。学校まで来て」 先ほどまでの勢いはどこへ行ったのか、灯の質問に誘宵は黙ってしまった。 「?」 不思議に思った灯が顔を覗き込むと、誘宵は目を逸らして言いにくそうに答えた。 「家に怖いオッサンが来てて、嫌な感じがするから逃げてきた」 予想外の回答だった。 「怖いオジさん?」 誘宵の口から出た言葉に、灯の頭には金目の物を奪おうとする強盗の姿が浮かぶ。 灯の家には古武術の達人である父もいるし、人外の雛彩芽もいる。花波だってある程度は戦えるだろう。 逆に強盗が反撃に遭う結末しか思い浮かばないのだが、そうなると誘宵がここにいる理由がわからない。 戦いが終わって家の中が大変なことになっているのだろうか。 だんだん心配になってきた。 家族は大丈夫だろうが、家政婦さんたちは無事だろうか。 「警察とか呼んだのかな」 「いや、そういう犯罪者的な危ない奴じゃねーぞ? お前の親父さんの客人みたいだったな。何つーか、纏う雰囲気が怖ぇの。霊力は高かったけど、退魔師かどうかもわからねぇ。役者みたいな小綺麗な顔した男だったな」 「誰だろう。お父さんの知り合いに、そんな怖い人いたかな」 強盗でなかったことに安心はしたものの、来客という言葉に別の疑問が湧く。 見た目の良い、父の客人。そして雰囲気が怖い。そんな人間が知り合いにいただろうか。 退魔師であれば灯は会ったことがあるだろうが、記憶の中に思い当たる人物はいない。 「見た目はすげぇ若かったけど、多分お前の親父さんより年上だ」 「その情報だけじゃわからないよ……まぁ、お客さんならいいか。逃げてきて早々に悪いけど、家帰るよ」 誘宵が語った追加の情報は、さらに灯を混乱させるだけだった。 見た目が若くて父より年上。全く必要のない情報だ。 こうなれば、早く帰ってその人物を見てしまった方が早い。 客人であれば危険な人間ではないだろう。 「え、やめておけ。寄り道とかして帰ればいいだろ。今帰ったらまだ奴がいるから。怖い思いをするのはお前だぞ、絶対怖いって!」 「制服で寄り道なんてしたくないよ。誘宵、強いんでしょ。何でそんなに怖がるのさ」 「その目、お前俺のこと馬鹿にしてるだろ。わかったよ、会ってみろって。絶対怖いから。俺の言ってることわかるって」 「はいはい」 必死に嫌がる誘宵が何だか子供みたいで面白い。 誘宵は灯よりずっと年上のはずだが、今の状況はまるで弟の面倒を見る兄のような気分だ。 「お前、俺の扱い雑だな! 朝食わけてやっただろ!」 「じゃあ夕食は俺の小鉢から何かわけてあげるから」 駄々をこねているような誘宵をなだめつつ、灯は帰路についた。
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