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誰も動かない中、花波がいそいそと男の前に出て手を差し出した。
「私があなたの主、菊峰花波です。さぁ、眷属の契りを」
鷹揚に声をかけたが、男は花波の声には何の反応も見せず、キョロキョロと辺りを見回している。
まるで花波の姿が視界に入っていないようだ。
無視されるとは思っていなかったのだろう。花波は何か起きたのかわからないような表情をしていた。隣にいる父も同じだ。
周囲の人間も、黙ってその場を動かない。
(何かを探している?)
男が灯のいる方を向いた。男と目が合った。
(金色の目だ)
綺麗な色だと思った。薄暗い部屋の中でも光っているような目の色をしている。猫の目とも違う。光の当たった金細工のようにキラキラとした目だ。
「お前か」
灯の目を見て男が声を発した。低いがよく通るその声に、男の目の色に見惚れていた灯はハッと我に還った。
男が灯に尋ねているのは確実だが、何を聞かれているのかがわからない。
どう答えるべきか灯が悩んでいると、男はゆっくりとこちらに向かってきた。
ポカンと口を開けて見ているだけの人間たちが慌てて男に道を開けた。
男は灯の目の前までやって来た。男はかなりの長身で、間近に来られると威圧感がすごい。
「小僧、名前は」
今度は質問の意図がはっきりわかった。
名前を聞かれたのだから、答えればいい。
「……菊峰灯」
「灯、そうか。俺は誘宵。宵に誘う、と書く」
「いざよい……」
その名前はどこか怪しい響きを含んでいるが美しく、男にピッタリだと思った。
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