契約

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誘宵は上機嫌のようで、満面の笑みを浮かべている。 人形のように整った顔だが、笑った顔は人間くさい。 「灯、手を」 誘宵に言われるまま灯は手を出した。 そうすることが当然のように、何の疑問もなかった。 「灯、やめろ!」 「え?」 父の叫び声に灯は手を引っ込めて声の方を向こうとするが、もう遅かった。 誘宵の口に生えた牙が灯の腕に食い込み、その血を啜った。 「痛っ!」 耐えられないほどではないが、予想していなかった痛みに灯はつい声をあげてしまう。 「契約は結ばれた。たった今より、俺の主は灯だ」 口元の血を拭いながら、誘宵がその場にいる人間に宣言するような力強い声で己の主を主張した。 その宣言に父は顔面蒼白になり、膝から崩れ落ちた。父の後ろで花波が鬼の形相で灯のことを睨んでいるのが見える。 そして灯自身も己がやらかしてしまったことに気付き、顔から血の気が引いていくのを感じた。 「ま、待って。俺、主になるなんて一言も言ってない。お前の主は花波だ。早く花波と契りを」 「違う。俺が選んだのはお前で、お前も俺に血を提供しただろう。契約は成立した」 「そんな」 妹の眷属となるはずだった妖と、自分が契約してしまった。 灯はとんでもないことをしてしまったのだ。 「よろしくな、ご主人様」 あまりの出来事に何も言えない灯に対し、誘宵はどこか楽しそうだ。 成人の儀式を行っていないのに、思わぬところで灯は眷属と契りを結ぶことになってしまった。
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