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スタジオのエントランスを出れば、ロータリーの停車スペースに見慣れた黒のセダンが停まっていた。向こうからも伊吹の姿を捉えたのだろう。パワーウィンドウが降下する。現れたのは見慣れたイカつい顔で、伊吹の肩から力が抜けた。
「美作さん、お疲れさまです!」
「おう、お疲れ」
片手をあげた運転手――美作晃は、見た目のたくましさで伊吹たちを守りつつ、スケジュール管理の細やかさで支えてくれるマネージャーだ。今日も遅くまで伊吹の送迎を担ってくれて、頭が上がらない。
運転席の後ろのドアを開けて乗り込むと、周囲の景色がゆっくりと動き出す。都会の街は、深夜と呼べる時間になっても眠らない。
「荷物、ちゃんとまとめてきたみたいだな」
「はい。今日一日これで移動してたんで、少し恥ずかしかったんですけど」
伊吹ははにかみ、続ける。
「ところで、必要な荷物をまとめておけなんて……長期の地方ロケでも入ったんですか?」
「いや、今のお前たちのスケジュールに、長期ロケなんてねじ込む余裕はねーよ」
「じゃあ、どうして」
「結論から言うと、今日から半年間、レイと暮らしてもらうことになった」
「え、レイさんと?」
「ああ。社長の指示なんだが……」
伊吹は目を丸くした。レイとは香月レイのことで、RainyMoonのもう一人のメンバーだ。伊吹よりも二つ年上の二十一歳の男で、雨宮と香月だから「RainyMoon」。そのままである。
社長の気まぐれでユニットを組んでからまだ半年も経っておらず、それぞれが練習生時代から引き続き受け持っている仕事もあり、同じユニットのメンバーとして活動出来た期間はとても少ない。どんな人なのか。正直なところ、まだ少しも分かってはいなかった。
ひとつ屋根の下で暮らして、親交を深められるように。そんな社長の気遣いだろうか。
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