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前方の信号が赤に変わった。ルームミラー越しに、鋭い目が伊吹を捉える。キッパリとものを言う美作にしてはめずらしく口ごもった後、その理由を教えてくれた。それはそれは言いづらそうに。
「二人がユニットを組む前に、アイドル誌の表紙飾ったの、覚えてっか?」
「はい。もちろん覚えてます」
まだ練習生だった頃に、一度だけ雑誌の表紙を飾ったことがあった。特集ページに載せてもらったことは何度かあったが、表紙はその一度だけだったからよく覚えている。あの時は、興奮した様子のカメラマンにもっと距離を詰めろと言われた上に、レイの綺麗な顔があまりにも近くてドギマギしたから、余計に。
「発売後即完売して、何度も重版かかったろ。それってデビュー前の練習生では異例の事態でさ。社長がそっち方面でアピールしていこうって、またいつもの気まぐれで……こう、簡単に言っちまえば、BL営業ってやつをだな……」
「BL営業……?」
「まあ、距離の近さと友情以上の何かを感じさせる親密さを前面に出して行こうぜ、だそうだ」
「なんてアバウトな……」
伊吹が苦笑すれば、美作も眉を下げる。社長の思いつきや気まぐれは今に始まったことじゃない。
信号が青に変わった。美作の運転は丁寧で、アクセルを踏んだ振動がほとんどない。疲労が蓄積した身体にはありがたかった。
「でも俺、レイさんのこと、まだ全然知らないですよ」
「だからこそのルームシェアだ。急造ユニットだから仕方ないが、一部ではもう『RainyMoon不仲説』なんてのもあるらしいし」
「……そうなんですか?」
「その火種が大きくなるかならないかは、これからにかかってるな。ほら、もう見えてきた。あそこのマンションだ」
美作が指さしたタワーマンションに、伊吹の頬が引き攣る。見上げた先にあったのは、今住んでいる自分の家の何倍も高級そうな建物だった。
「……あ、そうだ、レイさんはこの話、知ってるんですか?」
「もちろん。昨日のうちに話してあるよ。もうマンションにいるし」
「どうでしたか……?」
「どうでしたって?」
「レイさんって、ルームシェアとか苦手そうというか」
練習生時代からずば抜けた実力を誇り、誰もが認める美形で、口数が少なく、いつだってアンニュイな雰囲気をまとっている。勝手な想像だが、孤独を好みそうな人だと思う。
「あー、それは大丈夫だろ」
「え?」
「別に、嫌がってなかったぞ。伊吹は紅茶好きかな、って聞かれたから、自分で聞いてみろとは言ったけど」
そういえば、紅茶が好きだと彼のプロフィールに書いてあった気がする。
「乗り気じゃないヤツが、同居相手の好みなんて気にしねぇだろ」
「そうですかね……」
「大丈夫、伊吹なら上手くやれるよ」
簡単に言ってくれる。伊吹がいくら歩み寄ったところで、拒絶されたらどうしようもないのに。
うじうじ考えている暇なんてなく、セダンはあっという間にマンションの車寄せに到着した。鍵を渡され、美作を見送ってからエレベーターに乗り込む。ここからはレイと本当に二人きり。果たして受け入れてもらえるだろうか。
自分を守るように、ボストンバッグをぎゅっと抱え込む。ぐんぐん大きくなっていくインジケーターの数字を見上げた。
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