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ルームシェア
玄関ドアを開けると、人の気配がした。廊下の突き当たりにある、リビングらしき部屋には明かりがついている。
三和土には黒のスニーカーがちょこんと隅に揃えて置かれていたので、伊吹もそれにならって靴を並べた。たしか身長は六センチ差があるが、足のサイズはそこまで変わらないらしい。
足音を立てないように廊下を進み、リビングの扉をそっと開ける。
「おかえり、伊吹」
「あっ、えっと、お邪魔します。レイさん」
今日から自分の家になるというのに、他人行儀な言葉が口をついた。自分の家では考えられなかった広いリビングに、大きなテレビ。オシャレなガラステーブルに黒い革張りのソファ。そして、その高級そうなソファにゆったりと座って、マグカップに口をつけるレイは美しく、絵になっていた。
ふわふわでモコモコのルームウェアに、長めの髪はひとつに括り、完全にリラックスモードである。アイドルとして活動している時の彼から、こんなプライベートが垣間見える隙なんてなかったから、新鮮だった。
「突っ立ってないで、座ったら?」
「す、すみません」
思わず見蕩れてしまって、怪訝そうな顔をされた。慌てて荷物を壁際に置き、ソファの端っこに腰かける。想像していたよりも身体が沈んでびっくりした。目を白黒させる伊吹を、温度の低い瞳が映す。
「ふっかふかだろ」
「すっごくふかふかですね。びっくりしました」
「リビング広いし、それぞれの部屋も広いよ。手前が俺で、奥が伊吹。ご丁寧にネームプレートまでかかってるから、あとで見に行ってきな」
どれだけ金かけてんだろうな。レイはどこか楽しそうに言って、音もなく立ち上がった。
「伊吹はコーヒーと紅茶、どっちがいい?」
どうやら好きなほうを淹れてくれるらしい。紅茶で、と答えれば、あまり変化のないかんばせにふわりと喜びの色がのる。ダイニングキッチンへ向かう足取りも軽やかだ。
「伊吹は共同生活、大丈夫なほう?」
カウンター越しに目が合った。
「経験がほとんどないので分からないです。でも、自分の部屋もありますし、大丈夫だと思います」
「そか。俺は別に平気だけど、ルールはちゃんと決めたほうがお互いの為だよな」
「そうですね」
少なくとも、レイはルームシェアを好意的に受け止めているように見えた。受け入れてもらえなかったらどうしよう。と真っ先に抱いた不安は杞憂に終わりそうで、一人ホッと息を吐く。
「砂糖とミルクは好きに入れて。レモンがよかったら、今日はないからあとで買ってくる」
「ありがとうございます。いただきます」
レイのそれが赤紫色だったから予想はついていたが、伊吹に渡されたのは青のマグカップだった。それぞれのメンバーカラーだ。
ふわふわとただよう湯気にのって、華やかな香りがリビングに広がる。伊吹の隣――さっきまで座っていた場所に再び腰を下ろしたレイは、飲むのを見届けるつもりなのか、長いまつ毛に縁取られた目をじっとこちらへ向けてきた。
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