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『ひかるー、おはよー』
パパの声でぱちっと僕は目を覚ます。
ヤバい 起きなきゃ
体を起こしたけど、もう遅かった。パジャマ姿のパパが、両腕を広げて近づくと僕をぎゅうっと抱きしめた。
『うわぁ』
『寝坊する子はこうだぞ~』
そう言ってパパは、髭でじょりじょりの顎を僕の顔に押し付ける。
ちくちく ざりざり
夜の間に伸びた髭が、僕を撫で回していく。痛いのに変なツボに入るとむずむずとこそばゆくなる。僕は時々「ふへっ」と変な声が出そうになるのを我慢した。笑っているのがバレると、パパが調子に乗って離してくれないからだ。
『いたたた。もぉ、やめてよ』
『早く起きないからだ。ママが朝ごはんを作って待ってるぞ』
パパは楽しそうに、僕の顔や腕にもざりざりと顔をこすりつける。まったく、どっちが子どもなんだか。
『顔洗うんだから、どいてっ』
ぐいっとパパの腕を掴むと、僕は解放されてぱっと自由になった。
僕を見下ろすパパの笑顔が見える。まばらに生えてる髭とふわふわの寝癖。
ぴしっとスーツで決めたパパもいいけど、起きたばかりのくしゃくしゃのパパも好き。まだ二人とも今日のスイッチが入ってなくてふにゃふにゃで、一緒にごろごろしてるこの時間がホントは大好きなんだ。
ちょっとだらしなく見えるけど
それがセクシーなの
ママが恥ずかしそうに教えてくれた。
意味はわからなかったけど、たぶん「カッコいい」ってことだと思うんだ。
手を伸ばしてパパの髭を触った。指が大根おろしになったみたいで気持ちいい。
今度はパパがくすぐったそうに笑った。
僕も大人になったら
こんな男の人になるのかな
そんなことを考えたりもした。
◇◇◇
「輝。これお願い」
「うん」
僕は母さんから、桜桃を入れた小鉢を受け取った。
「今年も夏が来るね」
「そうだね。来月は西瓜かな。あ、梨が先だっけ」
写真の前にことんと置くと座って手を合わせた。
父さんの声が聞こえなくなった部屋は、とても静かだ。代わりに遠くの方で、カッコウの声がこだましている。
「おはよう。父さん」
写真の父さんは笑顔だ。
まだ寝癖の残る髪の毛に、無精髭。
お別れの時の写真はネクタイ姿だったけど、家に飾るのはやっぱり普段のパパがいい。
母さんがそう言ったから。
うん 僕もそう思う
そっと鐘を鳴らして黙祷すると、心の中で内緒話をする。
あのさ
僕も髭が伸びるようになったんだよ
父さんには まだ敵わないけどね
「今日もセクシーだね」
笑顔に応えると、僕は朝ごはんを食べに行った。
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