(4)

1/4
前へ
/247ページ
次へ

(4)

   翌日、忙しいアンリの代理として、デコレート商会の代表、ユージン・デコレートと面会したセフィランは、数日後に迫ったリベルタ本番に向けての打ち合わせを午前いっぱいを使って念入りに行った。  リベルタへのデコレート商会の全面協力は、二十年前の初開催の時から行われているものだ。会場の飾りつけの準備、各競技の入賞者への豪華賞品の手配、リベルタ開催に伴う緊急に雇った専用スタッフへの指導の手伝いなどなど、様々な方面で活躍してくれている。  それは、数多ある商会の中でも最大手、世界各地に大小様々な店を構え、アシェイラ王都にある本店を筆頭に、ディエラ、サンジェイラ、各国の王都に支店を持つデコレート商会だからこそ出来ている仕事だ。リベルタ主催側である王室は、どうしても、その国の形式に偏りがちになってしまうので、世界をまたにかけて商売をし、情報に精通しているデコレート商会の協力は、とても貴重なものだったのである。 「各競技の入賞者へ贈る賞品の数々は、明日お届けに上がります。今回も競技の入賞者に相応しい、様々なものをご用意していますので楽しみにしていて下さい、殿下」  そう言ったのは、若い頃女性にさぞやモテただろうと思われる甘いマスクの壮年男性だ。その言葉に対し、向かいのソファに腰かけていたセフィランは小さく笑いながら答えた。 「ああ、楽しみにしているよ。デコレート殿」  デコレート商会現代表、ユージン・デコレート。  セフィランが帰国してすぐにエッダとデコレート商会の本店を訪れた時はサンジェイラ支店に出張していて不在だったが、今回久方ぶりに行われるリベルタへの協力の為、本店のあるアシェイラ王都へ戻って来ていた。 「そうですか。相変わらずアンリ王子はお忙しいのですね。今回のリベルタの総責任者を任されているのですから、当然と言えば当然ですが……」  綿密な打ち合わせの後、時刻がお昼時だったという事もあり、ユージンを昼食に誘い、食事を共にしながら二人で雑談に興じていたのだが、アンリの近況を聞いたユージンが不意に心配そうに顔を曇らせたのだ。  商人として成功しているとはいえ平民に過ぎないユージンからすると、アンリもセフィランも雲の上の存在なのだが、長年彼らの伯父付きの直属の騎士として仕え、王であるカイルーズとも面識の深い彼は、忙しいアンリの体を心配しているのだろう。  それを察したセフィランは、彼を安心させる為に最近起こった変化を口にした。 「確かに兄上はお忙しいですが、不在だった側近もようやく決まりましたし、大丈夫ですよ。”リベルタ対策室”の面々も頑張ってくれているので」 「それなら良かった。アンリ王子の前の側近だったヒルダ婆……じゃない、ヒルダ・クローノエ様はやり手でしたからね。あの婆さん……いえいえ、クローノエ様が抜けた後、大変だったと聞きましたよ」  ユージンが現役の騎士だった頃、面識があり、散々その素行について厳しく注意されてきた相手だっただけに、どうしても呼び方が気安くなってしまうが、あの女性の補佐的能力は折り紙付きだった。かつて数名いたジェイド前王の側近達をまとめていた補佐官のリーダーであった女性なのだ。 「まだ若いが、とても優秀な者がクローノエ殿の後を引き継いでくれたからね。兄上も助かっているようだ」 「そうですか。それなら、益々今回のリベルタは楽しみですね。何か困った事がございましたら、是非ご相談下さい、セフィラン殿下」 「ありがとう、デコレート殿」  ありがたいユージンの申し出に頷き答えたセフィランは、こうした国民達に自分達王族は支えられているのだと改めて実感したのだった。  そうして、ユージンとの打ち合わせ兼昼食を終わらせたセフィランは、ようやく夕刻まで久方ぶりの暇が出来た事になる。ここ最近リベルタの準備で忙しかった為、毎日が慌ただしかった。貴重なこの時間を有効に使いたいところだが。  ユージンとの打ち合わせの場だった客室を後にし、とりあえず一旦自室に戻ろうかと後宮へと続く回廊を歩いていると、自分が向かっている方向とは逆の方向に、ゆったりとした足取りで廊下を歩く神官服姿の白髪の青年を見つけた。 「……ッ」  見慣れたその後ろ姿を見た瞬間、目の前が赤く染まり、鼓動が早くなる。身を焦がすような激しい飢餓を抑えきれずに、セフィランは駆け出していた。 「リュカッ!」  何故か周囲をきょろきょろと見回しながら廊下を歩く彼の肩を掴んだセフィランは、乱暴に相手を振り向かせた。 「……え?」
/247ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加