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 強引に振り向かされたせいで額にかかった柔らかな白髪が揺れ、身に纏うゆったりとしたデザインの神官服の裾が僅かに波打つ。半月ぶりにようやく会えた相手。セフィランはほっと安堵の息をついた。 「ようやく会えた」 「…………」 「俺も忙しかったから、お前ばかりを責められないんだが、それでもあれから半月だぞ。いくらなんでも間が開き過ぎだろうが」 「………………」 「まあ、来城出来なかったのは、お前も忙しかったんだろうけど」  何せ、神官巫女達を束ねるセイントクロス神殿内での最高権力者とも言える大神官がリベルタの賓客として王都に来るのだ。リベルタ開催期間中の滞在先は王宮だが、アシェイラ神殿の視察も兼ねていると聞いている。アシェイラ支部所属の神官であるリュカは、本来の神官としての職務が忙しかったに違いない。  そう考えながら視線を横にずらしたセフィランだったが、相手の無反応が気になり、視線を再び目の前の青年に移した。 「………………」 「リュカ?」  じっと自分を見つめる彼の薄茶の双眸を見返し、違和感を覚える。 「…………セフィラン王子?」 「何言ってるんだ、お前」  長い沈黙の後、確かめるように続いた言葉を聞いたセフィランは、呆れたような声を出す。  その時 「ちょっと、それはあっち、これはこっちよ!」 「あ~、もう、忙しい!」  パタパタとこちらに駆けてくる侍女らしき複数の足音を聞いたセフィランは、リュカの腕を掴むと足早に歩きだした。 「え? あの、ちょ、ちょっと待って下さい」  慌てたような声を上げる相手を不思議に思いつつも、セフィランは半月前のように、その場から一番近くにある部屋にリュカを連れ込んだ。  半月前は面白そうな顔をして、いつもの飄々とした態度を崩さず、無理矢理に部屋に連れ込まれるのを愉しんでいたくせに、今回は何なんだ? 餓えて余裕がない自分を揶揄っているのか?  リュセルから渡された神気入りの丸薬はいつも通り摂取しているのだが、現在セフィランの体は、神子の神気よりもリュカのドラゴンの気に依存している。慣れない飢餓感に通常の思考をする事が難しくなっているセフィランは、様子のおかしな相手に苛立っていた。リュカの状態が自分と違い、いつもと変わらないのも癪に障る。 「とにかく、他にも相手がいるお前と違って、俺にはお前しかいないんだ。契約はきちんと守ってもらおうか」  来るのを待っていないでこちらから行けたらいいのだが、相手は現役神官。いくらなんでも、王子である自分が城を抜け出してアシェイラ神殿に忍び込む訳にもいくまい。 「契約?」  怪訝そうな顔で眉根を寄せるリュカに痺れをきらしたセフィランは、その腰に右手を回して引き寄せると、驚きに目を見開く相手の無防備に開かれた唇に自分の唇を押し当てた。 「……ッ!!???」  咄嗟の事に、されるがままセフィランに唇を奪われたリュカは、驚愕のあまり体を硬直させ、焦点が合わない程近くにある伏せられたセフィランの翠緑色をした睫毛を見つめるしかない。 (……?)  いつもならすぐに始まる呼気交換が行われず、セフィランは一度唇を離し、唇同士が触れる程近くで、何故か硬直している目の前の青年に問いかけた。 「お前、いつも嬉々として人の唾液を貪ってくるくせにどうしたんだ?」  リュカはセフィランの言葉が耳に入っているのか入っていないのか、目を開けたまま硬直していて動かない。  餓えるあまり相手のおかしな様子に気づかぬセフィランは、ようやく我に返り、抵抗しようと動きかけたリュカの両頬を素早く包み込むと、「ちょ、待っ……」と言いかける唇を再び塞いだ。そうして温かなその口内を開かせ、ねっとりと弄る様に舌先を絡ませようとする。  思考がおかしくなっているセフィランは、口づけを深いものにすれば望むものが与えられると思い込んでおり、相手の様子がいつもと全然違う事に気づいていなかった。  その時だった。 「うおおおおらああああッ、ライサンッ! ようやく見つけたぞ! 目を離した隙に逃げやがって、この阿呆がああああああッ!」  バターーーーーーーーンッ  褐色の瞳を怒りに染め上げた赤髪の青年神官が、部屋の扉を音を立てて思いっきり開け放ったのは。  事態を説明するには、時間を少し遡る事になる。  夕刻にアシェイラに到着予定だった大神官一行だったが、実は既に昼前にアシェイラ王都に入都していたのだ。予定より早く到着した彼らは、まず、アシェイラ神殿へと入り、夕刻の国王との謁見時刻まで待つ事にしたのである。
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