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 ドラゴンの生態について知る者が見れば、ルークのライサンに対する想いが丸分かりだろう。それを思うと、ドラゴンの知識が廃れて久しい現在の状況は、ルークにとっては良かったのかもしれない。アシェイラ、その後継である神獣ミツルギ、同胞であるジルとベルにバレている現状でさえ、恥ずかしさレベルが最上級(マックス)状態なのだ。他の誰かにでもバレたら、ルークは恥ずかしさで死ねるかもしれないと思っていた。 「では、殿下。夕刻に改めてご挨拶に参上致します。一度私達は神殿の方に戻りますね」  形式的な挨拶と、セフィランが息子の代理浄化人としての相棒である事から説明した方が良いと判断したのか、自分達とリュカの特異的な関係性を軽く説明した後、ライサンは腰を上げ、ルークとリュカを伴って退室して行った。  残されたセフィランは、自分の体の餓えの事などすっかり忘れ、無言のまま頭を抱えるしかなかったのだった。 「リュカ。私達に何か言う事がありませんか?」  王宮から神殿へと向かう馬車の中、ルークと並びあって座ったライサンは、向かいに座る息子に穏やかに(一見)語りかけた。 「何もないよ、ライ」  しかし、相手は容姿のみならず、その中身もライサンに似てきてしまっている息子だ。父親の問いかけににっこりと笑ってシラを切る。 「リュカ、お前、セフィラン王子とはどういう関係なんだ? ま、ま、ま、まままままさか、手を出したんじゃないだろうなッ!?」  いつもの聖者の笑みを浮かべるライサンと違い、ルークはあまりの事態に顔色を悪くして怒鳴る。 「いくら男女見境のない節操なしのお前でも、相手は一国の王子なんだぞ!」 「やだな~、ルー。僕は王族や貴族には手は出さないって前から言ってるじゃない。面倒くさい事になるのは目に見えてるし。第一、身分が高い子って、大体僕と相性悪いんだよ。美味しくない」 「じゃあ、なんでセフィラン王子がこいつに口づけをしたって言うんだ!? ライサンと王子は、ほぼ初対面なんだぞ! 顔が似ているお前と間違えたと思うのが普通だろう!?」 「うん。きっと挨拶だよ、挨拶」 「は!? 挨拶……?」  詰め寄った息子にのんびりと返されて、ルークは目を瞬かせる。 「僕と間違えたのは間違いないだろうけど、ただ挨拶しただけじゃないかなぁ? 僕ら一般の者と違って、王族の方々は親しい者に挨拶で口づける事もあるみたいだよ」  飄々と大嘘をつくリュカに、神官生活以外を知らぬ世間知らずなルークは、まんまと騙されかける。 「挨拶? 挨拶……、そうなのか????」  そんな二人の会話を聞いていたライサンは、目をクワッと見開くと、彼にしては珍しい程に語気を強くして言った。 「そんな事、ある訳ないでしょうが! 私はセフィラン王子に舌まで入れられたんですよ。何をどうしたら、挨拶であんな濃厚な口づけを交わすと言うんです!」  舌、入ってたんかい。  結構濃厚に唇を奪われたらしいライサンに、ルークは内心ツッコミを入れる。 「あれは不可抗力ですからね、ルーク。後であれ以上のものをあなたにもしますから、今回は許して下さい」  浮気ではありませんよ。と言い訳する相手に、嫉妬深いドラゴンの血を引いてはいるが、人間としての自制心の方が強いルークは、今回の事は目を瞑ってやる事にする。  実際目にした時は衝撃的だったが、事情が事情である。それよりも問題は、自分達の不肖の息子である。 「ふうん、舌……入れられたんだ? 美味しかったんだろうなぁ」  その褐色の瞳に虹色の光を宿らせて微笑むリュカは、人間としての資質が強いルークとは真逆な存在だ。虹色の中に潜む抗いきれないドラゴンの強い執着心は、実の父親であるライサンに嫉妬の矛先を向ける。 「この、馬鹿がッ! やっぱり手を出してたんじゃないか!」  ガツンッ  リンスロットあたりが見たら裸足で逃げ出してしまいそうな昏い笑みを浮かべているリュカだが、親として息子相手に容赦のないルークは、そんなもの意にも返さずに彼の頭に思い切り拳骨を落とす。  そして、その様子を眺めていたライサンは、一つため息をつくと真剣な表情でリュカを呼んだ。 「リトル」  それは、リュカ・セリクスの名を、ライサンの祖父でもあった今は亡き先代の大神官、リュカ老師から受け継ぐ前にライサンとルーク、二(ふた)親から呼ばれていた幼名。  あえて幼い頃に呼んでいたその名で呼びかけたライサンは、静かな声で尋ねた。 「これだけでも聞かせなさい。彼、なのですか?」  ライサンの問いかけを聞いたルークは、その言葉の意味を悟り、僅かに息を呑む。  先程の言葉。  嫉妬に駆られて咄嗟に発したものであろうが、確かに言ったのだ。
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