序章 運命

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   鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた、霧深い森。神気に溢れた幻想的なまでに美しいその森に、子供の声が響き渡った。 「叔父上~、……どこですか~~ッ!? リュセル叔父上~、レオンハルト伯父上~~ッ!」  その髪の色は珍しく、まるでこの森の木々の色を写し取ったような色をしていた。大きな黒瞳を不安に潤ませて、子供はトボトボと森の中を歩き進む。年の頃なら、まだ七歳程の年齢の子供である。 「叔父上ッ」  周囲を見回しても同じ景色しか見えず、子供の黒い瞳が不安に潤み出す。  泣きたくない。  将来自分は、国王である父と王位継承者である兄を支える存在になるのだ。そう思うのに、不安になる気持ちを抑えられない。 「叔父上……」  その時だった。 「ジルとベルが見て来いってうるさいから来てみたケド、あれぇ? 君、迷子~?」  場違いな程に明るい声が森の中に響き渡る。 「……ッ!?」  驚いた子供は俯いていた顔を上げると、小さな頭を振って周囲を見回す。 「???」  だが、周りには誰もおらず、子供は目を瞬かせた。 「違う違う、そっちじゃない。上だよ、上」 「……うえ?」  そうして見上げた先に、彼はいた。  その少年は木の枝に腰かけて、面白そうに目を細めて自分を見ている。 「よっとッ」  軽い身のこなしで、結構な高さがある枝から子供の目の前に降り立った少年の年の頃は、十二歳程。独特な衣装に身を包んだ少年の髪は純白で、柔らかく肩先にまで流れおり、両耳を飾る菫色のタッセルピアスが印象的だった。 「僕の名前は、リュカ。この森の管理人の知り合いってとこかな? 君は?」 「ぼ、僕は……セッ」  少年の言葉に反射的に答えようとした子供は、続いた言葉を飲み込む。子供はその身分故に知らない者に不用意に名前を明かさないよう大人達に言われていたのだ。 「セ? ……セ、何?」  リュカと名乗った少年の問いかけに困った子供は、自分の愛称を口にした。両親と兄、叔父達しか口にしない名前だ。 「セフィ」 「セフィ。そう……いい名前だね。古の言葉で”風”という意味だ」  叔父がつけてくれた名前の意味を知る人は少なく、すぐにその意味を悟ったリュカに対し、セフィは驚きに目を見開いた。 「あははは、おっきな目だなぁ」  リュカはそう言うと白い手を差し出してくる。 「一緒においで。出口まで案内してあげる」 「……あなたは、この森の妖精ですか?」  セフィの問いかけにリュカは一瞬動きを止め、緩く首を振った。 「ここはドラゴンの森。僕は、ドラゴンの雛だよ。今はこうして、ここでルー……じゃなくて、父さんの友達からドラゴンの事について教わっているんだ」 「ドラゴン!? 僕、叔父上達にもらった本で見ました! あなたはドラゴンなのですか!?」  リュカに手を引かれ歩きながら、セフィはキラキラとした憧れの瞳で彼の褐色の瞳を見上げた。  字が読めるようになると、叔父達はたくさんの本をセフィに贈ってくれたのだ。もちろん、年齢に見合った簡単なものばかりだったが、その中でも一番セフィの興味を引き、憧れを抱かせたのが古の幻獣、ドラゴンの事が記された絵本。 「僕の事、怖くないの?」  リュカの問いかけにセフィは首を傾げる。 「どうしてですか? 本で見たドラゴンは、すごくすごく格好良くて、とても綺麗で、僕はずっと大好きです」 「そう」  セフィの力説を聞くと、リュカはほんのりと頬を赤くして、照れたように顔をそむけた。 「ドラゴンは、本に書かれていたように大きいのですか?」 「うん、とても大きいよ」 「あなたも大きいのですか?」 「う~ん。僕は、まだ雛……子供だから、小さいかな? でも、大人になれば大きくなるよ」  そう言うと、リュカは歩みを止め身を屈めた。 「ドラゴン(僕)を見て、そんな事を言う子は君位だよ。普通は怖がるよ? 僕が怖くないの?」  怖い?  セフィはリュカの顔をじっと見つめる。  優しい顔立ちの美しい少年である。  そう言えば、この森に来る前に寄った場所にいた大人の男の人によく似ている。  叔父はその人の事を”だいしんかん”なのだと言っていた。その人も同じように優しく笑ってセフィを見ていたのだ。 「ドラゴンはとても強くて優しいのだと、リュセル叔父上が言っていました。だから、あなたも同じでしょう?」  そう言った途端、リュカの柔らかな両手に両頬を挟まれた。 「君はいい子だね。上で見ていた時から気になっていたんだ。すごく可愛い子だなって」 「僕は男です。可愛いは誉め言葉じゃない」  少し憤慨しながらそう言い返すと、リュカは笑いながら謝った。 「怒った? ごめんごめん。僕が言ってるのは見た目じゃなくて……。ううん、いや、見た目も可愛いんだけど、見た目以上に、なんていうか、僕が視るのは君の本質。この森の木々のように真っすぐで、泉の水のように澄んでいる」  じっとセフィを見つめるリュカの瞳の色は段々と色を変え、いつの間にか虹色に輝いていた。 「僕はいずれ、ドラゴンの新たな祖となり、(つがい)をもたなくちゃならないんだけど。君、可愛くて美味しそう。少し、味見してみてもいい?」  味見?  味見って、なんだろう?
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