序章 運命

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「今まで味見した子達は、悪くない子もいたけど、大体がイマイチだったんだよねぇ」  何を言っているんだろう。  そう思っている間にも、ゆっくりと少年の顔が近づいてきて…… 「ッ!?」  柔らかな感触が唇に当たる。それが口づけだと悟るには、まだセフィは幼過ぎた。  嵐のようだった。  リュカの唇を通して嵐のように自分の中を駆け抜けていく、とてもとても熱い、何か。  唇同士がただ触れているだけだ。  でも、セフィが父母や兄、叔父達と普段かわすような挨拶の口づけとは違う。ドラゴンが番を見つける為に行う、吐息の交換。呼気交換。  そんな事をしているとは知らない幼いセフィは、華奢な体をガタガタと震わせ、その強過ぎる感覚に怯えた。  あまりにも強くて、立っていられない。後ろに仰け反りかけるセフィの体を支えるのは、リュカの細い少年の腕だ。いつの間にか、彼の細く力強い腕に掻き抱かれていた。  その力の奔流に呑み込まれ、体が熱くなる。  性衝動にも似た気持ち良さだったのだと気づくのは、もっと後の事。セフィが思春期を迎える頃の事である。しかし、この時はその感覚が怖くて、セフィは必死にもがいて抵抗を示した。  相手の拒否反応に気づいたリュカは、慌てて口づけを解く。  荒い息を吐きながら涙目で自分を見上げるセフィの目元に唇を寄せ、その涙を舐めとると、少年はうっとりと呟いた。 「甘いね。ああ、君を帰したくないなぁ。この先、君以上の子に出会えるとは思えない」  先程まで優しかった少年の雰囲気が激変する。 「ダメです、帰してください。出口に連れて行ってくれると約束しました」  震えながらも、セフィは懸命にそう答える。 「そうなんだよねぇ、ドラゴンは約束は違えないんだ。しょうがないなぁ……」  そう言うと、リュカは周囲の景色に目を向けた。次の瞬間、周囲の景色が目まぐるしい勢いで入れ替わる。 「!?」  驚きに目を見張るセフィを腕に抱いたまま地形変動を何度か繰り返し、リュカは明るい声で言った。 「着いたよ」  目の前に広がる大きな湖。その上に立てられた、白銀に輝く巨大な神殿。 「仕方ないから、今は離してあげる」  そんな言葉と共に自分を抱いていた温もりが消えた。  視線を神殿へと移した、その一瞬だけで少年の姿は跡形もなく消えたのだ。  自分自身をドラゴンだと言った、あの少年は幻だったのだろうか? 呆然と立ち尽くすセフィの耳に、彼を必死に探す声が聞こえてくる。 「セフィランーーーーッ!」  神殿へと続く橋の向こう側。銀髪の青年がこちらに駆けてくるのが見える。 「叔父上ッ」  慌てて立ち上がり、セフィは探していた自分の庇護者の元へと全力で駆けて行く。 「セフィッ、セフィラン! お前、探したんだぞ! あんなに言ったのに、何故森に出たんだ!」  セフィランを抱きしめた銀髪の青年、叔父であるリュセルはそう言って叱る。  リュセル・セイントクロス・ディ・アシェイラ  白皙の甘やかな美貌、艶やかな銀髪と銀の瞳、女性達を虜にして止まない当代の剣鍵。 「…………ごめんなさい、叔父上」 「それはお前にも原因があるぞ、リュセル」  呆れたようにそう呟いた、もう一人の伯父。琥珀色の瞳が印象的な青年、レオンハルトだ。  レオンハルト・レイデューク・アシェイラ  男女問わずに魅了する麗しの美貌、背を流れる胡桃色の髪に琥珀の瞳。傾国の美とまで謳われる当代の剣主。 「ここに来るまで、お前は森に住むドラゴンの話を何度も聞かせていただろう? ドラゴン好きなセフィが興味を持っても仕方ない事だ」  ずっと彼らと共にいたセフィランは、叔父達の女神からの贈り物と称されている美貌に慣れ切ってしまって久しい。  その為彼らの美に臆することなく、レオンハルトに注意を受けているリュセルを今も心配そうに見上げていた。 「だって、セフィが喜ぶから、つい……」 「まったく。怪我はないかい?」  そう言いながら身を屈めたレオンハルトは素早く目を走らせ、目の前の甥っ子に変化がないか注意深く観察する。 「ありません。大丈夫です、伯父上」  もっと幼い頃はよく抱き上げていたが、七歳の誕生日を迎え、妹が物心がついた頃からそれを嫌がるようになっていたのを知っていたレオンハルトは、過保護過ぎるリュセルと違い、セフィランを抱きしめる事はせずにその小さな頭を優しく撫でるに止めた。 「皆、心配してお前を探していたんだよ。何か行動を起こす時は、せめて誰か大人に相談してからにしなさい」 「はい」  レオンハルトから諭された後、リュセルに手を引かれ神殿内に戻ると、セフィランを探していたらしい神官や巫女が一様に安堵の表情を浮かべていた。  そんな彼らの奥から足早にやってきた二人の神官。他の者達とは違う神官服を身にまとった、高位の神官だ。 「ああ、良かった。見つかったのですね」  ふわふわとした白髪に薄茶の瞳の穏やかな青年。このセイントクロス神殿での最高位に在る大神官の一人、ライサン・セリクスである。  その後ろには、いつものように彼の補佐役である赤髪の青年神官が付き従っている。ルーク・ウインター大神官補佐だ。  二人共、まるで揃いのように、目尻から頬にかけて蔦のような不可思議な紋様が浮かび上がっているのが印象的だった。
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