序章 運命

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 ライサンは顔の右側に、ルークは左側に、その入れ墨のような赤い紋様は存在しており、二つ合わせて一つの紋様になるようになっているようだ。 「殿下はどちらにいらしたのですか? 剣鍵様」  ライサンの問いにリュセルが笑って答える。 「森で迷っていたようだ。自力で戻って来たようだが……、心配かけてすまなかった、セリクス大神官」 「森で……」  ライサンはリュセルの言葉を聞くと、後ろにいるルークと目を合わせた。 「…………」  セフィランはそんなライサンの顔を見上げ、首を傾げる。森の中で出会った少年は、やはりこの人によく似ている。 「…………? どうしました、セフィラン殿下?」  顔も雰囲気も似てはいるが、この叔父達の知り合いの大神官の人の方が優しくて安心出来る感じがした。先程の少年は、とても優しかったが、少し怖くもあったのだ。 「いえ」  セフィランの答えに微笑みを浮かべたまま、ライサンは穏やかに問いかけた。 「森の中で、もしかして誰かと会いましたか?」  一瞬ドキッとして目を泳がせたセフィランは、咄嗟に緩く首を横に振って答える。 「誰にも会っていません」 「そうですか。あまり叔父上方に心配をかけてはいけませんよ、セフィラン殿下」 「はい」  ライサンはそう言うと、リュセルとレオンハルトに向かって頭を下げる。 「では、剣主様、剣鍵様。また、後程」 「ああ。迷惑をかけたね」 「とんでもありません、剣主様」  ゆったりとした動作で踵を返したライサンは、傍らのルークに耳打ちをした。 「森に様子見に行って下さい」  それを聞いたルークは、リュセルに手を引かれ遠ざかるセフィランの小さな背を見送りながら眉をひそめる。 「そうだな」  先程、ライサンの後ろからじっとセフィランを見つめていたルークは、彼の嘘を見抜いていた。 「まあ、あの子も本当の事は言わないでしょうけど。難しい年頃ですしねぇ」 「誰かさんに似て、我が子ながら何を考えているか、まったくわからんしな」 「失礼ですね。私程わかりやすい男は、そうはいないですよ」  自分の番でもある相手のそんな言葉に白けたような視線を送り、ルークはため息をつく。 「何、馬鹿言ってるんだ。ともかく行ってくるぞ。側を離れるが、いいな?」 「よろしくお願いしますね」 「ちゃんと仕事してろよ」  ビシッと、番兼上司でもある相手を指差して、いつものように釘を刺すルークは、森にいる自分達の子供の様子を見に去って行った。 「あの子とセフィラン殿下が、もし、本当に出会っていたら…………」  残されたライサンはそう呟き、何かを思い出すように目を細める。 「これも、運命なのでしょう」  そう……  自分は産まれた時から幸福な子だった。  一国の王子として生を受け、喜びと共に皆に迎え入れられた。  民の信頼あつく、賢王として称えられた偉大な父。  時に厳しいが、とても優しい慈愛深き母。  真面目で賢く、思慮深い、尊敬する兄。  少々おてんばな、誰よりも可愛い妹。  そして、自分の庇護者でもあった二人の叔父。  女神の子供という特別な存在であった彼らは、とても美しく、気高く、神聖的だった。  そんな尊い立場であったにも関わらず、とても自分を可愛がってくれたのだ。  両親共に惜しみない愛情を注いでくれたが、父は王位継承者である兄に、母と祖父はこの国で久方ぶりに産まれた姫である妹に関心を注ぎ、教育や世話に忙しくしていたので、両方に挟まれた形である真ん中の自分は子供の頃、少し寂しい思いをしたものだ。  その寂しさを埋め、忙しい父や母に代わり面倒を見てくれたのが、美しい容姿の叔父達だった。  邪気の浄化任務という大きな使命を背負っているにもかかわらず、忙しい合間をぬって、色々な場所へ連れて行ってくれたり、遊んでくれたり、勉強を見てくれたり、幼い頃は一緒に眠ってくれたりもした。  琥珀色の瞳と長い胡桃色の髪が印象的な、麗しい美貌の持ち主だった伯父は、剣豪と呼ばれる程の剣技の持ち主で、自分は彼の唯一の弟子として厳しく指導してもらった。  銀の瞳と髪、凛々しい美貌の叔父は、かなりの人たらしで、他人……主に女性への接し方、口説き方を学ぶ機会が多かった。(よくもう一人の伯父に、変な事を教えるなと注意されてはいたが)  この、二人の叔父の事をとても尊敬していて、大好きだった。でも、ある時から妙な苛立ちを感じるようになったのである。  原因は銀の叔父が時々向けてくる、何かを懐かしむような、それでいてせつないような、そんな視線。  自分には、そんな風に見られる意味がわからなかった。  どうして、そんな目で見るのだろうか? 自分を見ているのに、自分を通り越して別の誰かを見ている。  ちょうど反抗期であった事も相まって、その苛立ちをその時、本人である叔父自身にぶつけてしまった。驚いたような、悲しそうな、その時の叔父は、懺悔と悔恨の入り混じったような目をしていた。  大切に思っていた人にそんな顔をさせてしまった事を後悔し、自分を責めたその夜。  罰が当たったのだろうか……  十五歳を迎えたばかりの夜。  病に倒れたのだ。  魂に刻まれた、それは大きな呪いだった…………。
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