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 世界唯一の大陸、スノウ大陸。大陸には一つの神地と三つの国が存在している。その中の一国。芸術に栄えた麗しの都、ディエラ国。  二十四年前まで女神が眠っていると言い伝えられていた神地、セイントクロスの地より南東に位置し、女神の鏡を国宝とする鏡守りの王国。  男女平等を信念とし、女性の活躍が目覚ましいこの国を統治するのは、美しい双子の女王である。  ディエラ国の王室では、過去何度も血族同士での争いや内乱が起き、その教訓から、何か特例でもない限り、王位継承者は長子に定められていた。それと同時に、長子が双子だった場合は、両方に義務と権利が発生する。三つ子や四つ子だった時は、全員が王となったのだ。  過去には”花冠の四女王”と呼ばれた名君が存在した程だ。  双子や三つ子が多く産まれたディエラ王室で双子の女王というのは、そう珍しいものでもなかったのである。  慈王であった先代の治世を引き継ぎ、ディエラ国の安寧と発展にその身を捧げていた二人の女王には、六人の子供がいた。  二人の王子に四人の王女。  その内の一人、長子でもあった第一王女セリ姫は十八歳。実は彼女は、女王の実の子供ではなく養女であった事から、政治に余計な軋轢を生じさせない為、特例として王位継承権を放棄したのだ。  しかし、王位継承権を放棄したとしても王族である事には変わりなく、一年程前から王都北東にある王家直轄地一帯の管理を任されるようになっていた。セリ姫の任された地にはいくつかの街や村が含まれていたが、その中でもあまり気に留められないような東の外れに、”翠の森”と呼ばれる大きな森が存在していたのである。  その森はたくさんの動物が共存する自然豊かな美しい場所であると同時に、森の深さから別名”迷いの森”と呼ばれ、地元の人間ですらあまり近づかない地であった。  そんな森の奥。森に住む動物すら近づかないような場所にひっそりと隠れるようにして、その邸は存在していた。  ユサユサ  ユサユサユサ  体を揺さぶる緩やかな動き。  いつもの朝の起床の合図に、彼は意識を覚醒させ、閉じていた目を開けた。 「…………」  のっそりと気だるげに起き上ると、自分を揺らしていたモコモコの小さな手の主を見下ろす。フワフワの黒い毛に覆われた愛らしい猫のぬいぐるみの大きな目が、真っ直ぐに自分を見つめていた。  知らぬ者はいないと言われ、世界中で愛された、かの有名な小説に出てくる主人公の黒猫によく似た姿をしたぬいぐるみだ。彼は相手が起きたのを見ると、一度瞬きをして首を傾げた。 「”目が覚めたノン? 起きたノン?”」  小さな体。その体を覆うのは、フリルのついた黒のケープ。金色の可愛らしい鈴が留め具に使われており、ピンっと尖った黒いフワフワの耳の裏には、彼自身の名が入った小さなタグが隠れるようにして付けられている。  識別№001万能型 黒猫ノン  世界でも数体しかいない、希少な次世代型お世話用ぬいぐるみの内の一体である。  かつて北の神童と謳われた天才が、旧型のお世話用ぬいぐるみより改良に改良を重ね、完成させたものだ。半月程前、叔父から半ば無理矢理に渡されたものだったが、なかなかに役立っている。 「”支度を手伝うノン”」  旧型は話す機能はついていなかったようだが、新型であるノンはしっかりとおしゃべり機能が搭載されており、他人とまったくと言っていい程接触のないこの邸では、話し相手としても役に立っていた。  寝室に備え付けられたクローゼットから衣装を取り出し、ノンが用意していた水で顔を洗い終えた主人である青年の着替えを手伝う。 「”今日は何するノン? 一緒に遊ぶノン?”」 「遊ばないよ。今日は邸を出て、王都に向かう」  青年の濃緑の髪を丁寧に櫛で梳いていたノンは、緑色の目をパチクリさせる。 「”どうしてノン? ここを出ちゃダメと言われていたはずノン。病気が治らないノン”」
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