12年前

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12年前

 当時、妻は週末になると繁華街の歩道の片隅で路上ライブをやっていた。  俺が初めて妻に出会ったのは、そんな最中のある週末のことである。  その頃の俺と言う奴はバリバリのオタク気質で、繁華街と言うのは夏のスキー場くらいに縁遠い場所、通常は殆ど踏み入れることのない場所であった。  では、何故そんなところを通り掛かったか?と言うと、その2カ月ほど前のことである。  俺は会社の先輩に無理やりガールズバーに連れて行かれたのだが、それが意外のほか楽しかったのである。  俺に取ってそれは衝撃的な出来事であり、それからと言うもの俺は必ずオタク気質から脱却し、近い内に必ず一人ガールズバーデビューをしようと、膨大な夢を抱くようになったのである。  ただ、一人デビューと言うのは俺に取っては、助走なしでは跳べないほどの高いハードル。  その助走に俺はかなりの日数を有してしまうことになる。  結局は、気持ちを奮い起こすのに1カ月、会話の予習に更に1カ月を有することとなり、やっとのことで腰を上げたのが、それから2カ月程経った週末となったのである。  それは当時26歳の俺にとっては、初めての大冒険であった。  さあ、いざ出発はしたものの、何せ華やかな場所が苦手なオタクである。  俺はこれから起こるであろう女性とのコミュニケーションに、早々に緊張感に襲われてしまう。  路上ライブで有名な場所を歩いていても、その歌声が俺の耳には届きはするものの、右から左に素通りして風と共に流れ去ってしまうのである。  しかし、そんな俺の耳を素通りしない歌声に俺は出会うことになる。  それは、一人の若い女の子のギターの弾き語りである。  彼女は、歌は上手いのだがギターがお世辞にも上手いとは言えない。さらに肝心なチューニングも少しずれているというチグハグな状態であった。  もしかすると、そのアンバランス差が返って俺の関心を引き寄せたのかもしれないけど、何れにせよ俺は彼女このとが気になってしょうが無い気持ちに襲われてしまったのである。  曲は聞いたことの無い曲だしコード進行も簡単だから、恐らくはオリジナル曲なのだろうと直ぐに気付き、それに俺は更に好感を持ってしまう。  ただ、俺が興味を惹かれているのにも関わらず、道行く人たちは皆彼女の前を通り過ぎてしまう。  誰も彼女の弾き語りを聞こうとはしないのである。
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