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あの日
『有希子は……』
あの日、病院のベッドで目を覚ました小夜子が最初に口にした言葉に、誰もが何も言わずに俯いた。
水難事故で助けられたのは小夜子だけで、一緒に海に入った有希子は、未だに見つかっていない。
救出時にライフセーバーに『離岸流に流された?』と聞かれたが、パニックに陥っていた小夜子は『何も覚えていない』と泣きじゃくるだけだった。
実際に小夜子は溺れていた最中のことは何も覚えていない。
ただ……
『大丈夫だから……』と言った有希子の声だけが、微かに耳に残っていた。
海岸に戻ろうと、離岸流に逆らうように泳いでも、その流れに勝つことは至難の業……
海上保安庁の人が、なまじ泳ぎに自信があると却って危険なのだ、と、知らせを受けて駆けつけてきた両親達に説明している。
泳げないと、拒む小夜子を強引に海に連れていったのは有希子だが……
小夜子は有希子を亡くした御両親の気持ちを思うと、辛い。
気まずい沈黙がベッドで横たわる小夜子にも伝わってきた。
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