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上を向けば阿呆
ワイがブレーンバスターを仕掛けようとすると笑いが起こる。
左手を掴んで、その脇に頭を入れる。体勢が低いからそのままベルトを掴んで上体を起こし、相手の体を垂直に持ち上げてここで溜める。客は静まるや、その瞬間どっと起こる笑いと嬌声。
「何を真面目にやっとんねん野猿!!」
持ち上げられとる対戦相手のビリケンは、ワイの頭頂部に向けて勢いよく膝を落とす。ブレーンバスターの形は崩れビリケンに足の甲を思い切り踏まれる。バイソンでも乗られたかのような痛みが走った。おまけに痛がっているワイの無防備の頬にビンタをかまされた。
「うっさいわボケッ! これで仕舞いやビリケン!!」
今度はワイが、いくら新婚かて夫婦喧嘩でこんなんくろうたら、離婚を考えるくらいの強烈な平手打ちをビリケンの頬に叩き込む。口が「ひ」の字のマスクデザインも、「へ」の字に歪み苦痛を表しとる。
そしてビリケンをファイヤーマンズキャリーの体勢で肩に担ぎ、横に倒れ込みながら相手を頭部から落とす。ワイの必殺技『デスバレーボム』を決める。ビリケンが起き上がれないようにかぶさり、両肩が上がらないようワイの全体重を乗せる。
「カバー! ワン! ツー! スリー!!」
白黒縞々模様のパンダみたいな服を着たレフェリーが指を三本立てて、試合終了のゴングが会場に鳴り響く。ワイのアップテンポでイケイケなテーマ曲が爆音で流れると、さっさと退場して控室へと向かう。
ワイには不満がある。十七歳で念願のプロレスラーになれたっちゅうのに、まともな試合を一つもやってへん。憧れの人がいるから、ここを選んだはずやのに期待を裏切られた。
「お疲れさん! 今日も野猿のおかげでぎょうさん客が入ってくれたわ」
「いつんなったら普通の試合やらせてくれんねん! ワイはお笑いやるためにレスラーになったんとちゃいます!」
「落ち着くんや。西日本プロレスは笑いあり涙ありのスタンスなんや」
赤を主体に銀色で龍と書かれた、ドラゴンモチーフのマスクをしたミル・ドラグーンは口角を上げて言う。この人はルチャドールの聖地メキシコで長年プロレスをやってきて、当然日本でも世界でもベルトを巻いたことがある凄い人や。憧れていたのに……今じゃ見る影もない。
突然、姿を消したと思えば日本から変な奴ばっかり集めてお笑い団体を旗揚げしよった。
「もうずっと笑いだけやないですか!!」
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