上を向けば阿呆

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 病院のベッドに横たわる社長の足は折れていてミイラみたいに包帯ぐるぐるやった。なんとか受け身はとったとはいえ、最後にくらったあれのせいで首が大変なことになっとるらしい。医者の伝聞情報や。  プロレスは台本だのなんだのゴチャゴチャ言われとるけど、一歩間違えれば大怪我、最悪の場合は死に至る危険なスポーツ。社長の今の姿はまさにそれやと思う。  幸い鍛えられた肉体があったおかげで喋れるまでは回復したけど、自分がなったら……なんて思うと震えが止まらん。 「ワイが求めとったマジな試合って、あんな客もドン引きさせるようなもんやったんですか?」 「ハハッ。本気っていうんは互いをリスペクトして、そして勝ちを奪い合うもんや。あんなんがマジなら、今頃プロレスなんてどこでも禁止されとるわ」 「何であんな奴の試合を受けたんや社長」 「アイツ、昔はあんなんじゃなかった。メキシコにおった時はもっと人々を笑顔にするプロレスをしよった。俺がここを立ち上げた時、泣いとる人も怒っとる人も喧嘩しとる人も、笑顔になってほしいと思ったからお笑い中心とした団体にしたんや」 「それとアルファがどう繋がるんです?」 「野猿。お前が普通の試合したい言うから、お笑いも普通もできるアルファに頼んでみたんや。快諾してくれて、ほんでまずは俺と手合わせしようなって。せやけどこんなに人間変わっとるとは知らんかったわ。昔はあんなに客を楽しませよったのに」  社長は窓の外を遠く眺めとった。アルファとの間にどういう過去があったんかは知らん。でも、ワイがしたいなんて言うから社長もこんな姿になってしまったわけやし、問題を解決できるのはワイしかおらんやろ。  いつも笑顔笑顔って言うとる人の悲しんどる顔なんて見たないわ。 「ワイが、ワイがあのアルファを倒す! それでアンタの仇をとったる。でもそのためには強くならなあかん。社長、何か知らんか? どないしたら強くなれるんや?」 「野猿……分かった。場所言うからからそこ行け。アルファは悪い奴じゃない、でも暴走しとるのも確かや。俺じゃ止めれんかった……でもお前はまだ若い。今ならあの人の教えも……」  メモをもらうと、ワイはすぐに病室を飛び出した。何かまだ言いよった気がするけど、そんなん関係あらへん。一秒たりとも無駄にできへんし、被害者も減らさなアカン。  待合室に戻ると、なんや少し騒がしかった。病院は静かな所のはずやのに様子が違う。
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