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100%ジュース
別に、こだわりがあるわけじゃない。
ただ、たまたま好きになったものが、その100%ジュースだった。
食事が苦手な私は、好物を聞かれるといつも迷う。
頭にあるのは、とにかくサッパリしたもの。大体の人が好きなフライドポテトも好きだし、チーズも好き。でも、好物となると違う。
「今は気分じゃない」なんて時は誰でもあるだろうけど、私は気分どころじゃない。気持ちが悪い。吐き気がする。
水、なら。
でも、飲み物じゃなくて食べ物を聞かれてるのはわかる。飲み物も食べ物だけど。そんな風に返したら怒られそうだな。
そして、私はかろうじて「ゼリーかな」と答える。
食事が苦手だと、それを痛感していた頃、毎年のように親族が届けてくれるジュースが目に止まった。
100%で、ビン入りの、高そうなジュース。
なんとなくお菓子が食べたくて。
でも、ケーキもクッキーも揚げせんべいも口に入りそうになかった私は、ジュースを飲むことにした。
これなら、サッパリしてるし。
慣れない栓抜きで蓋を外して、コップに少し注ぐ。
もしかしたら、飲めないかもしれないから少しだけ。
口に入れてみる。
「甘」
これ、砂糖入ってないんだよね?
甘さ控えめがスッキリしてて飲みやすいかと思ったけれど、違った。
オレンジジュースより、グレープジュースより、甘みを強く感じる。
なのに、とても美味しいと思った。
いつでも飲める。コップに、なみなみと注いで。
衝撃だった。
───結果。
狂ったように飲んだ私は、段ボール箱に入っていたそのジュースを1週間ほどで飲み尽くしてしまった。
親に驚かれたが、私が珍しく美味しいと言うと、親族に伝えたらしかった。
翌週には、またジュースが届けられた。
でも、それもまた飲み尽くしてしまって。
1週間後か、2週間後かには3箱目が届いた。
流石に親にも注意されて、私は一旦飲むのをやめた。これ以上持ってきてもらうのは申し訳ない。
そんなことがあったのが1年ほど前。
また今年も、ジュースが届いた。
今年は一箱。親族も、家族の介護で忙しい。
ほんの少し食事の苦手意識が改善された私は、そのあたりも正気に戻っていた。
この一箱を、少しずつ飲もう。そんなに足のはやいものでもないから。半年くらいは持つかもしれない。それで十分だ。
一杯だけにしたその日の夜。
親から耳を疑う言葉を聞いた。
「このジュース、お兄ちゃんといとこにもあげていいよね?」
は?
確かに以前もそんなことがあった。だけど、それはたくさんもらったあの年のことだ。
私が食事が苦手だということも、それが好物だということも、親は知っている。
多分、今度いとこの家に行く時、一人暮らしをしている兄と、祖父母も来るから、その時にでも渡すのだろう。
その本数を聞いてまた苛立った。3分の2だ。
私の貴重な好物を、そうでもない人たちに3分の2?3分の2も渡すのか??
そして、兄に渡す数はいとこと祖父母の2倍。
父親の助言(?)で、ビンで重くて荷物になるからと半分に減らすことができた。それでも2分の1、減るのだ。
「なんで」
流石に不満を露わにした私に、私からしたらまるで良い子ちゃんな言葉が返ってきた。
「だって、美味しいものはみんなでわけたいでしょ」
そりゃ、貴方はそうでしょうけどね。
ケーキでも高級肉でも、なんでも分ければ良いさ。なんなら、全部渡しても良い。それでジュースが手元に残るなら。
でも、それは私の好物だ。
他に代わるものはない。
「また頼めばいいじゃない」
・・・
何言ってるんだ?
その親族、もうかなりのお年だぞ。そのジュース、値段は知らないが量的にも高いだろ。
今年はもう貰わない。
一箱で楽しむ。
そのつもりだったのに。
私に一応聞いただけで、あげることは決定している。
私が何を言おうが変わらない。
泣き叫んでも止めたいところだが、狂ってると病院に連れて行かれかねない。どれだけ食い意地張ってるんだと。
そういうことじゃないのに。
ただ、それは1人で楽しみたいと、それを受け入れてくれれば済むことなのに。
そして、いとこたちに渡された。
「このジュース、この子が好きでね。もう歯が溶けちゃって」
銀歯1つもねーよ。総入れ歯みたいに言いやがって。
怒鳴り散らしてやりたかったが、私は黙ってそれを見ていた。
この家にいる犬やら猫やら水の生き物やらを驚かせてしまう。
その家で食べた昼食は、祖父母が買ってきたたくさんのお寿司も有ったが、生魚がそもそも苦手な私は、サラダと少しのパスタを食べた。
「ああ、唐揚げ食べられないんだっけ。何が好き?」
叔母に聞かれて、何と答えるべきか迷っていると、先に親が言った。
「すごい偏食だから・・・」
「アイスとか?」
ゼリー(お菓子)、と言うのは違う気がして考えていたのに。
確かに氷菓もサッパリしていて好きだけれど。特に今年の夏は暑さが酷くて良く食べていたけれど。
まるで、お菓子しか食べたがらないかのように言われた。
「あ、アイス用意してあるよ。暑いもんね」
私は一番サッパリしていそうなレモンのアイスを選んだ。
そして、話すことも苦手な私は、終始、親に帰る時間を聞いていた。
3分の1になった私のジュースは、結局1月くらいで全部飲んでしまった。
「もう終わっちゃった」
「また頼めばいいじゃない」
「申し訳ないよ」
「じゃ、その程度の価値だったんでしょ。諦めな」
そういうことじゃないでしょ。
だから人と話すのは嫌いだ。
どうして私が、こんなにも食事が苦手になったのか。それももう忘れたのだろう。
ご飯が美味しく食べられるなんて貴重だ。それだけで、1日の楽しみが3つも増えるのだから。
私が何を言っても無駄だ。私がオカシイとしか思われない。
それでいて、私は多分、まだ狂っている。
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