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夢から覚めて
「サラ……」
誰かが呼んでいる。
呟くように、優しく、だけど悲しそうな、そんなふうに私の名前を呼ぶ声を私は知っている……
「サラ!」
(……っ)
目が覚めるとそこは見慣れた場所だった。
自分の部屋の自分のベッド、そして視界の先にはひどく焦った様子のユーリの顔。
「ユーリ、様?」
「サラ、良かった……」
体を起こしたサラをユーリはそっと抱きしめる。
今までこんなふうに抱きしめられたことなどなかった。
その優しい腕にサラは少し驚いていた。
「あの、私……」
「ずっと眠ってたんだ」
「え? 眠っていた?」
「サラ、あの日妖精の森へ行っただろ?」
サラは王都の邸宅へ戻ってきた翌日、訪ねてきたユーリを追い返した後妖精の森へ行ったのだ。そして妖精と出会った。
妖精と出会ったあと森の入り口で倒れていたところを同じく妖精の森へ向かったユーリが見つけたのだ。
「私はずっと夢を見ていたの……?」
「もう、目を覚まさないのかと思った……」
サラを抱きしめるユーリの手が強くなる。
心なしかユーリの肩は震えているようだった。
「ユーリ様が奇跡の花を探してきてくれたのですか?」
ユーリはゆっくり体を離すとサラの目を見つめ首を横に振る。
「サラ、奇跡の花なんてないんだ」
「でも、私はどうやって……」
ユーリはサラを妖精の森から連れ帰り、その後も目を覚まさないサラを助けようともう一度妖精の森へ行くことにした。
だが、それをサラの父に止められたのだ。
『あの絵本のお話は作り話なんだ。だが……』
絵本の王子様とお姫様はサラの父と母に起きた出来事を元にしたおとぎ話だった。
妖精の森に迷い込んだ若い頃のサラの母は妖精のいたずらに合い目覚めなくなってしまう。
恋人であった父は妖精に会うために森へ行ったが会うことはなく何もできないままただ眠り続ける母の側にいるしかなかった。
だが数日後、突然目を覚ました。
「スズランの香りがしたの」
母はそう言って父が部屋いっぱいに飾ったスズランの花を眺め嬉しそうに笑ったと。
「サラも好きなスズランの花の香りで夢から覚めてくれるんじゃないかと思って、うちの庭にあったスズランを全部もってきたんだ」
サラはユーリから目線を外し部屋を見渡すとたくさんのスズランが生けられていた。
「ユーリ様……私のために?」
サラはユーリの顔を見つめる。
いつも意地悪ばかりしていたユーリが自分のためにこんなことをしてくれるなんて思っていなかった。
そして今目の前にいるということは、ずっと側にいてくれていたということだ。
「サラ、絵本のこと本当にごめん。ちゃんと謝りたいと思ってた。それと」
ユーリの真剣な表情にサラも目を逸らすことなくユーリをじっと見つめる。
「俺、サラのことが好きだ。ずっと言いたかった。大切なんだって」
けれどもずっと言えなかった。サラが好きだと言う自分とは似ても似つかない王子様に嫉妬していたから。
「ユーリ様は私のことは嫌いなんだと」
「俺はっ! 今まで一度だってサラのこと嫌いだなんて言ったことはない! サラが、俺のことを嫌いだって言ったんだ。だから俺は……違う、そうじゃない」
ユーリはひどく悲しそうな顔で拳をぎゅっと握り締める。
「サラの綺麗な髪、白い肌、優しい笑い声、サラの全部が好きだ」
そう言うユーリは夢で見た王子様そのものだった。
「王子様……」
サラは思わず呟く。
声に出してしまったことにハッとするがユーリはサラの目をしっかり見つめている。
「ごめん。俺はサラが好きなあの絵本の王子様にはなれない。けどちゃんと幸せにしたいと思ってる」
「違うんです。ユーリ様が、王子様みたいだなと思ったのです。眠っている間、絵本の王子様の夢を見ていました。その王子様がユーリ様と重なって見えました」
「俺も、サラの夢を見た。夢の中では素直に気持ちを伝えられたんだ」
二人はきっと同じ夢を見ていたのだろうと気付いたがお互いあえて言わなかった。
「サラ、これからはもっと素直に気持ちを伝える。大事にする。だから、ずっと一緒にいてくれないか?」
「はい。よろしくお願いします」
きっと、これからユーリのことをどんどん好きになっていく。
きっと、上手くやっていける。
サラは心からそう思った。
嫌われていると思っていた婚約者は、こんなにも自分のことを好きでいてくれていると気付けたから。
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