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夢のはじまり
王都を抜け東に進んだ先に妖精の森がある。
王都から歩いても半刻ほどで着くその森はこんなに近くにあるのに人は全く寄り付かない。
「ここに奇跡の花が?」
家を出て妖精の森へやって来た。願いを叶える奇跡の花なんてあるはずない。そう思いながらもそれにすがりたくなった。
奇跡の花が破けてしまった本を元通りにしてくれるとは思っていない。でもせめて奇跡の花を見つけることができれば、そんなことを考えていた。
入ってはいけない森へ入ったことに罪悪感を抱きながらも森の奥へと進んで行く。
花や草色々な植物が生息しているが、どれも見たことがあるような何の変哲もない植物ばかりで奇跡の花らしきものは見つからない。
「やっぱり奇跡の花なんてないか」
少し探してやっぱり帰ろうと踵を返した時、どこからかクスクスという笑い声が聞こえてくる。
「っ!」
辺りを見渡しても人の気配は一切しない。だが、笑い声はだんだんと近づいてくる。
(奇跡の花なんてないよ)
「誰っ?!」
姿の見えない声の主に声をあげる。
(ねえ、君の願い事はなに?)
「願い事?」
(願い事を叶えるためにこの森に来たんでしょ?)
「何でそのことを」
すると声のする方がキラリと光ると小さな花の形をした結晶が現れた。
「これは……」
(奇跡の花なんかじゃないよ。僕たち妖精は姿を自由に変えられるんだ)
「妖精?」
(そうだよ。で、君は何か叶えたいことがあってこの森に来たんでしょ?)
「……」
妖しいその存在に口をつぐむが声の主はクスクスと笑っている。
(願い事、叶えてあげるよ?)
「本当に?」
(うん、でもそのかわり君の夢を貰うよ)
「夢?」
(そう。君の願い事を聞いてあげる。でも、君の夢は僕のものになるよ)
それだけ言うと花の結晶はパリンッと弾け、そのまま消えていった。
妖精と名乗る存在が現れたことに驚きはしたが、話をしただけで何かをされた訳ではない。
奇跡の花も見つからずやはり無駄足だったと妖精の森を後にした。
ーーーーーーーーーー
サラはその日、大好きな絵本に出てくる王子様の夢を見た。
王子様はとても悲しそうにサラの方を見ている。
「ごめん……」
王子様は何かを謝っている。
絵本には出てこない謝罪の台詞、悲しい顔。サラは王子様に話しかけた。
「どうして謝るのですか?」
「俺では幸せにしてあげることができない」
「そんなことはありません。お姫様はとっても幸せになりましたよ」
絵本の中では王子様はお姫様を助けた後、結ばれ幸せに暮らすのだ。
けれども王子様はずっと伏し目がちで泣きそうな顔でサラの方を見ている。
そして一輪の花を差し出すと
「本当は好きなんだ。幸せにしたいと思ってる」
そう言って消えていった。
渡された一輪のその花は絵本に出てくる奇跡の花だった。
サラは王子様のいなくなった夢の中で奇跡の花を大切に抱えた。
ーーーーーーーーーー
朝、目を覚ましたサラは机の上に置いてある大切な絵本とユーリに破かれくしゃくしゃになってしまった一ページに目を向ける。
「夢に出てきた王子様はとても悲しそうだった……」
本来破かれたページの王子様はとても愛おしそうにお姫様を見つめているが、皺のついたその顔は少し悲しそうにも見える。
「昨日あんなことがあったから王子様の夢を見たのかしら」
サラは起き上がり窓際に立つとカーテンを開け伸びをする。
すると窓の格子に置かれた花に気が付く。窓を開けその花を手に取った。
「スズランの花……」
スズランはサラの母が好きだった花だ。愛情の意味を持つスズラン。そしてサラの父は母と喧嘩をした後、母の好きなスズランの花をいつも贈っていた。スズランには仲直りしましょうという意味もある。
スズランを贈られた母はいつも『仕方ないわね』といって父と仲直りしていた。
「懐かしい」
母が好きなスズランがサラも好きだった。
けれど母が亡くなってから父がスズランを飾ることはなかった。
摘みたてのようなみずみずしいその花に窓の外を見渡してみるが置いたであろう人物は見当たらない。
屋敷の者なら窓の格子に置くことなどせず花瓶に飾ってくれるだろう。
サラは不思議に思いながらも、小さなコップに水を注ぐとスズランを挿して窓際に置いた。
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