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妖精のいたずら
サラは夢の中でどんどん王子様と仲良くなっていった。
はじめは悲しそうにしていた王子様も次第によく笑うようになりサラとの会話も増えていく。
「王子様の好きな花はなんですか?」
「花、か……」
夢の中はただどこまでも広がる草原でサラと王子様はその場に並んで腰を下ろし、他愛のない話をした。
「ええ。花は好きではありませんか?」
「いや……スズラン、とか」
「まあ! 私もスズラン大好きです」
スズランはあれから毎朝サラの部屋の窓に置かれている。
誰が置いているのかはわからないが朝起きると窓のスズランを確認することが日課になっていた。
「サラは、好きな人はいるの?」
王子様は真剣な顔でサラに尋ねる。
「好きな人というか……幼い頃からの婚約者がいます」
少し困ったような寂しそうな表情でサラは答える。
「婚約者のことは好きじゃないの?」
「わかりません。ただ、彼は私のことを好きではないと思います」
「そんなことない!」
「えっ?」
突然口調を強くした王子様にサラは驚くが王子様は、はっとしたように口をつぐむとサラの手をそっと握った。
「サラ、俺本当は……」
王子様が何か言いかけたところで目が覚めた。
「……なんだかいつも肝心なところで目が覚めるわね」
少しがっかりしながらもベッドから出るといつものようにカーテンを開ける。
そしていつものように窓際に置かれたスズランに顔を綻ばせた。
ーーーーーーーーーー
サラが王都の邸宅へ戻ってきてしばらくたっていた。
帰ってきた翌日にユーリと会ったこと以外は穏やかに過ごしていたが、朝食を終えた頃ライラがひどく焦った様子でサラを訪ねてきた。
「お兄様が、目を覚まさないのです!」
「ユーリ様が?」
昨日の朝から部屋から出てこないユーリに疲れでも出てて寝ているのだろうと思っていたが、今朝になっても一度も目を覚ますことはなく、息はしているもののまるで死んだように眠っているとのことだった。
「お兄様、サラお姉様と会った日、奇跡の花がどうとか言って出掛けて行ったんです。もしかしたら妖精の森へ入ったのかも」
「妖精のいたずら……」
絵本の中のお姫様は森へ迷い込み、妖精のいたずらで目を覚まさなくなってしまった。
そして王子様はお姫様の目を覚ますために奇跡の花をとりに行ったのだ。
「ライラさん、私妖精の森へ行ってくるわ」
「えっ! お姉様一人では危ないです! 私も一緒に」
「いえ、ライラさんはユーリ様の側にいて。そして私が夜になっても戻って来なかったらその時は誰かに伝えて欲しいの」
本当に妖精のいたずらかどうかはわからない。確信もなく妖精の森へ行き騒ぎにはしたくない。
サラはライラにまだ他の人には言わないようにお願いすると、一人妖精の森へと向かった。
ーーーーーーーーーー
「ここが、妖精の森……」
森に入る一歩手前で立ち止まったが、サラは拳をぎゅっと握り森の奥へと進んで行く。
なぜユーリは妖精の森に来たのか想像もつかなかったが、サラには気になることがあった。
夢に出てくる王子様がサラの名前を知っていたこと、スズランの花が好きだと言ったこと、毎朝窓に置かれたスズラン。
まだ王都に住んでいた幼い頃、ユーリの家の庭で見たスズランをサラは思い出していた。
妖精の森へ過って迷い込んだ絵本のお姫様は夢の中で王子様に助けを求めていた。
だから王子様は妖精の森へ奇跡の花をとりに行ったのだ。
「本当に、あった……」
森の奥へと進んだ先には一本の大きな樹がそびえ立っている。
そこに"花"はない。だが、大きな樹の幹の中心に手のひらほどの花びらが六枚重なった形をした模様が浮かび上がっている。
サラはゆっくりと近付きその模様に手を当て話かける。
「はじめまして。精霊さん、いらっしゃいますか? 私の婚約者が目を覚まさなくなってしまいました。もしかしたらこの森で妖精と出会ってしまったのかもしれません。勝手なお願いではありますが、どうか彼を助けていただけないでしょうか」
しばらくそのまま手を当てていたが、何も起こらなかった。
「やっぱり、絵本の通りにはいかないわよね……」
サラはうつむき肩を落とすが、ここで落ち込んでも仕方がないと踵を返そうとした時、風が吹いている訳でもないのに木の葉がざわめきはじめる。
そしてどこからともなく落ち着いた、優しい声が聞こえてきた。
「まあ、お客さまなんて久しぶりね。またあの子たちが何かしたのかしら」
「っ、応えてくれた……」
森の奥にある大樹には精霊が宿っていると言われている。
そして森に住む妖精もまた精霊から生まれたとされていた。
この森の全てを統べる精霊こそが絵本の中で奇跡の花と言われる存在なのだ。
「あの! 私の婚約者がこの森に入ってしまったようなのです。そして昨日から目を覚ますことなく眠りつづけています」
「そう、きっとあの子があなたの婚約者を夢の中に閉じ込めてしまったのね」
少し呆れたような声で精霊は言うと次の瞬間幹の模様が光り出し、花びらを六枚つけた綺麗な花が浮き上がるとサラの手のひらへとそっと乗った。
「その花をあなたの婚約者に。きっと目を覚ますはずよ。だけど気をつけて。あの子たちはその花が大好きなの。その花を奪うためにあなたを危険な目に合わせてしまうかもしれないわ」
危険なことはわかっている。
絵本に出てきた王子様も妖精たちの様々な妨害に合い、何度も奇跡の花を奪われそうになった。
それでも必死に花を守り抜きお姫様を助けたのだ。
「大丈夫です。精霊さんありがとうございました」
サラは大樹に向かいお礼を言うと、奇跡の花を大切に抱え急いで森を抜けようと走った。
だが、どれだけ走っても走っても森を抜けることが出来ない。
もう日も沈みかかり薄暗い森に涙が出そうになる。
「もしかして、妖精の仕業なの?」
サラはこの状況にどうしていいか分からずその場にしゃがみこみ奇跡の花をぎゅっと握った。
「このまま森から出られなかったらどうしよう。どうして私、ユーリ様のためにこんなことしてるんだろう……」
頭に浮かんだのはいつもの不機嫌そうなユーリの顔だった。
その時、誰かに名前を呼ばれた気がして顔を上げる。
「サラ……」
そして握りしめた奇跡の花からは覚えのある香りがした。
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