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『統理さん、どうか私に曲を作ってください!』──そのひと言がどうしてもいえなかった。
統理さんと知り合うきっかけになった楽曲提供の打診。それは統理さんと結婚してから有耶無耶になってしまっていた。
結婚した今、改めて『曲を作って欲しい』というのはまるで妻という立場を利用してお願いしているように取られてしまうんじゃないかと思えて怖かった。
(だから余計にいえないんだよね……)
ここ数か月こんな堂々巡りのことで悩んですっきりしない日を過ごしていた。それでもこのままでいいはずもなく、意を決して統理さんに悩みを打ち明けてみようとそっと心の中で決めた。
──その日の晩
「はぁ、美味しかった」
「よかったぁ。初めて作ってみたんですけど上手く出来たみたいです」
「梨々香、頑張っているね。料理のレパートリーも増えて来たじゃない」
「はい。統理さんには美味しいものを食べてもらいたいですから」
いつもより少しだけ腕を揮った夕食を終え、上機嫌な統理さんを横目にこのタイミングでなら切り出せるかなと秘かに思っていた。
後片付けをしてコーヒーを淹れてソファで寛いでいる統理さんに差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう」
そのまま統理さんの横に腰掛けそして少しだけ心を落ち着けて小さく息を吐いた。
「っ、あの、統理さ──」
私が思い切って口を開いた瞬間、何故か統理さんの人差し指が私の唇に押し当てられた。
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