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「実は梨々香と結婚してから考えていた。もう美加に無理はさせられないと」
「美加流さん?」
「あぁ。つぐみにいわれた時、はっきりした。もう影武者を立てるのは止めると。本当なら久遠寺智里という存在はある日突然いなくなったようにフェードアウトしようと思っていたんだが」
「それなのに私のために正体を明かすんですか?」
「そう。それだけ梨々香の名誉を守りたいってこと」
「……」
統理さんの言葉を少し複雑な気持ちで訊いていた。私のために統理さんなりに考えていたことを変えてもいいのだろうかという戸惑い。
「統理さん、私のことは気にしないでください。統理さんは統理さんが考えていた通りに──」
「勿論、俺は俺のためにこの選択をしたんだよ。俺にとっては久遠寺智里の進退よりも梨々香の名誉の方が大事だって、ただそれだけのことなんだ」
「……統理さん」
このまま素直に統理さんの提案に甘えてしまっていいのだろうか? ──とそんなことばかりを考えてしまうのだけれど統理さんは私のそんな気持ちもとっくに見越していた。
「梨々香が迷っても俺はもう決めたから。だって梨々香が気に病むことなんてないくらいの最高の曲が出来たんだからね」
「! 最高の曲……」
それを訊いた瞬間、煮え切らなかった気持ちは瞬く間に切り替わってしまった。
(統理さんが私のために作った曲…!)
それは結婚する前からずっとずっと欲しくて堪らなかったもの。その欲しかったものが今、ようやく私の手元にやって来ようとしているのだ。
「久遠寺智里の時とは違う。俺の五感全てで味わった梨々香との甘い日々と愛を込めた曲になった」
「……え」
それを訊いてまたもや気が付いたことがあった。
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