Episode.7 愛の歌

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【tie】のヒットを受け統理さんは確信したようだった。自分の曲は名前だけで売れているのではないということを。 久遠寺智里という名前が無くても自分の曲は受け入れてもらえるのだという事実を実感出来た今、もう久遠寺智里という名前に未練はない──と。 「元々父親を見返したくてがむしゃらに走って来た作曲家人生だった。その象徴が久遠寺智里だった」 「……」 「だけど梨々香と結婚したことで俺の人生はガラリと変わった。もう久遠寺智里であり続ける意味が見いだせないほどに」 「……統理さん」 真っ直ぐ前を見ながら統理さんはそう語った。その横顔を私はジッと見つめた。 「これからの人生は梨々香と共に、公私共にパートナーである久世統理として梨々香と歩んで行きたいんだ」 「はい」 赤信号で停まった時、統理さんが私の顔を穏やかな表情で見つめた。それだけで統理さんの中にもう迷いはないのだと充分過ぎるほどに解った。 だから私ももう迷わない。統理さんの決めたことを尊重して、望むことを甘んじて受け入れるだけだ。 (それは私にとっても幸せなことなのだから) 統理さんの心からの言葉を訊いて先刻まで少しだけ残っていた不安な気持ちは溶けて無くなるように消え去った。それを実感すると私の心も晴れやかになった。
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