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ロゼの決意
――――まだ、国境線は越えていない。しかし、国境線ギリギリに構えるのは、イグナルス帝国軍。
本来ここにイグナルス帝国軍が詰めていれば、さすがに王都にも伝令が行き、大騒ぎのはずである。
そしてそれを知らせぬヴェナトール公爵領、封鎖された公爵領はの入り口。
「辺境伯家は……」
辺境伯家側は別の国境を抱えているとは言え、隣の領地にイグナルス帝国軍が来ていれば気付くだろう。
「つまりはそう言うことだ」
辺境伯家もそれを知りながら放置している。何のために……。既に王家を見限っているから……?それは……何時からだったのだろうか。少なくともお父さまが生きていらした頃は違ったはず。ある意味で防波堤を築いていたお父さまが亡くなって……ランゲルシアは変わってしまったのだ。
いや……むしろ、お父さまが亡くなる前から、ランゲルシアに変わってしまっていた。
私はフィーロの馬に乗ったまま、イグナルス帝国側の国境線を跨いだ。
イグナルス帝国軍の陣地に入ると、フィーロとエレミアスが馬を降り、そして私も降ろしてくれる。
「やぁ、お帰り」
そうフィーロを出迎えた銀髪の人物を、知らぬはずがない。
「皇太子……っ、殿下」
イグナルス帝国の皇太子殿下が、何故ここに……っ。
「はははっ。さすがにぼくのことは覚えてたかぁ……。で、フィーロは?」
「俺のことは帝国外にはほとんど知られていないだろ?」
フィーロはどうしてか皇太子殿下と親しげに話している。
うぅ……というか皇太子殿下も、私のことを覚えてらした。幼い頃の私は緊張しすぎて、城で開かれたパーティーの場で皇太子殿下の前で泣いてしまったのだ。その時はお父さまが上手くおさめてくれたみたいだけど。
そこからかしら。私のことを考えて、お父さまは無理に社交付き合いをするようには促さなかったけど。
あれ……でもあの時もうひとり、同い年くらいの子がいた気が……確か珍しい髪の色で……。
不意にフィーロを見るが……いや、まさか。
「まぁ、皇子はそこそこ多いからねぇ。領土外でも知られているのは……上から3番目くらいまでかな?後は第1皇女は有名かなぁ。その他はそれぞれの属国の統治者が周辺国で知られてるかもね。幼い子らはまだ出してないし。本国では発表してるけど、領土外には伝わってないだろう」
えぇと……イグナルス帝国の皇族の話……?確かとても多いと記憶している。皇子皇女だけでも確か23名ほどいらっしゃらなかったか。しかし、どうしてその話を……。
「あの……皇太子殿下はフィーロとはどういう関係で……」
「まだ教えてないの?」
すると皇太子殿下がおかしそうに微笑む。
「偵察活動中に言えるかよ」
「でも堂々と冒険者やってたでしょ」
冒険者……?もしかしてフィーロの顔が知られていたのってそのせい……?しかしそれなら何故ディアナに『不穏』と言われたのか。
「一応身分は隠してたよ。いつものことだろ?」
「その……身分って……」
そしていつもそう言った偵察活動かもしくは冒険者をしているの……?
「んーと……改めて名乗るが、俺はイグナルス帝国第11皇子フィーロ・イグナルス。順番的には結構微妙な順番の皇子だ」
び……微妙な……?しかし皇子……皇子であることには代わりないのだ。
「微妙言わない」
「あでっ」
……皇太子殿下に軽く小突かれていたが。
「それで……その、そのフィーロ……殿下は、どうしてランゲルシア王国に……?」
間諜として紛れ込んでいたのだろうか。
「殿下なんてつけんな。そんな風に呼ばれることはあんまねぇし……むず痒い」
「それはそれでどうなの?」
と、皇太子殿下が苦笑するが、フィーロは『別に』と気にしてない様子。
「それにロゼにはフィーロと呼んで欲しい」
皇子殿下なのに……やっぱり、らしくない。それはやはり私がフィーロ皇子殿下ではなく、フィーロとして知り合ったからだろうか……?そしてフィーロの存在は皇子であるからといって、私の中で変わることはない。
「フィーロ」
「あぁ」
フィーロが安心したように微笑む。
「それから、俺がここに来たのは……手に入れたいもんがあった……それだけだ」
そう言うとフィーロは視線を反らしてしまう。言いづらいもの……なのだろうか?
「ハッハッハッ!照れちゃって、この弟は。けれどね、ランゲルシアはこのままでいいと、ロゼちゃんは思うかい?」
ろ……ロゼ、ちゃん?フィーロに勝手に呼ぶなと怒られてるかけども。
「それは……その」
「ここはイグナルス帝国だ。王国を恐れることはない」
それはまるでイグナルス帝国の栄光を讃える一節のような……。
ずっと考えていたことがある。
さらにフィーロが応援するようにそっと、腕を背中に回してくれる。
「私は今の王家を……打倒したい」
こんなこと……口にした瞬間に、恐ろしいことになろう。しかし……ここで逃げたらきっと何も手に入らない。
恐れたくない。
奪われたものを取り返すにはもう、国ごと取り返すしかない。公爵家だけじゃない、公爵家のみんなも、両親の形見も。しかし取り返したところで今の王家では、また同じことが起こるだろう。毒のような聖女は国に毒を撒き散らし、それを放置しうちに押し付ける王家、国政を蔑ろにする上層部。全てを取り戻し、本当の意味での平穏を取り戻すには……そう、奪われた国ごと。
――――国ごと取り戻すしかない。
「でもそれには、ヴェナトール公爵家だけじゃ不可能です」
もし辺境伯家も同じ志しだとしても、あちらは別の国境を守らないといけない。だからこそ、もうひとつの戦力が必要だ。
「イグナルス帝国は、占領後のランゲルシア王国をどのように扱いますか」
「ふむ……些か血の気の多い弟妹たちやエレミアスはいるがね。そこら辺は魔物討伐でも代用できるから、我々は無駄な争いは好まない。せっかくの弟へのプレゼントが焼け野原では割りに合わないからね」
ぷ……プレゼント……?
「このランゲルシア王国を属国とした暁には、その統治者としてフィーロを正式につける。属国としての扱いは帝国法に則る。なお、属国間には序列がある。序列の変動は帝国への貢献度によるから、フィーロの統治次第となる。そしてランゲルシア王国民による反発の少ない統治のため、フィーロにはランゲルシア王国の王家の血を引く娘をひとり、娶らせる」
王家の血を引く娘を……。
「王女殿下ですね」
現ランゲルシア王国には、王子が2人、王女が1人いるから。
「おいおい、何故そうなる……!」
え、フィーロ……?何故口を尖らせる。
「それならせっかくランゲルシアを征服しても、目的が果たせないだろ」
王女と結婚したら……果たせない目的?
「俺が選んだのはロゼだ」
フィーロが手に入れたいのって……まさか。いや、そんなことは……っ。
「私……っ。でも王女の方が……」
血筋が直系に近い。
「それを見極めるためにも潜入していた。あの王女に今の現王政を変える素養があると思うか?」
「それは……その、低いかと」
ないとは言えないが、期待は薄い。
「一方で、王家の血を引く公爵家の公女は、国民にも貴族にも慕われる前宰相の娘だ」
「お父さまの……」
そう……よね。つい舞い上がりそうになってしまって……恥ずかしい。フィーロが私を欲しがるのは、政略的なこと。フィーロが手にしたいものは、ほかにあるのよね。
――――けれどどうしてか胸の奥が寂しい……ような。
「あと……それに、お前にはこの国を変えたいと言う意思がある」
「……!」
それは……確かに。
「……それだけじゃないよね?」
「アニキは黙ってろ」
しかし一瞬皇太子殿下が仰ったことは……一体……?
「そう言うわけだ!イグナルス帝国皇子が認めた公女の意思も、我がイグナルス帝国と同じだ」
「でも……あの……」
「どうした、ロゼ……?」
「なるべく、国民を傷付けたく……ないんです。私の考えは……甘いでしょうか」
「いや……?俺たちの民となるんだ。無意味な殺戮は望まない。そしてアニキがここに来ている時点で、準備は整っていると言うことだ」
フィーロがニカリと微笑んだ。
ええと……ここから軍を率いて王都を目指すのではないの……?
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